中国の月・惑星探査の歴史と展望

天問一号は、中国にとって2機目の火星探査機となる。

1機目の「蛍火一号」は2011年、ロシアの探査機「フォボス・グルント」に同乗する形で打ち上げられたものの、地球周回軌道でフォボス・グルントにトラブルが発生。地球を回る軌道から火星に向かう軌道へ乗り移るためのエンジン噴射ができず、失敗に終わっている。

蛍火一号は質量わずか115kgの小型の探査機で、火星でできることも限られていた。しかし天問一号は、機体が大きくなったばかりか、周回機に加えて着陸機、探査車も搭載しているなど複雑化しており、これはこの10年間において、中国の宇宙技術がいかに飛躍的な進歩を遂げたかを示している。

中国が火星探査計画を発表したのは、2016年のことだった。それまで中国は、2003年から月探査計画「嫦娥」を進め、2007年には初の月周回探査機「嫦娥一号」を打ち上げ、探査に成功。それを皮切りに、2013年には「嫦娥三号」で月面着陸に成功し、無人探査車「玉兎」による月面の走行や探査にも成功するなど、継続的に月探査を実施してきた。のちの天問一号につながる火星探査計画は、こうした嫦娥計画の成功や技術をもとに組み立てられている。

中国はまた、今後の火星、また他の惑星を探査する探査機にも「天問」と名づける予定とされ、号機の数字を増やす形でシリーズ化する意向を示している。

現時点では、2030年ごろに火星から砂や岩石などを持ち帰るサンプル・リターンを行う計画があることが知られている。詳細は不明だが、まず2028年11月の火星行きのウィンドウで、火星に着陸する宇宙機と、試料を持ち帰る宇宙機とを別々に打ち上げる。前者は火星に着陸して試料を採取したのち、火星から発射して、火星を回る軌道に投入。そして、軌道上で待ち構えていた後者の宇宙機で回収し、地球に帰還する計画だとされる。

この2回に分けて打ち上げる計画の場合、今回天問一号を打ち上げたような、現行の長征五号ロケットでも実現可能だが、これとは別に、開発中の巨大ロケット「長征九号」を使い、火星への着陸や試料の採取、そして地球への帰還を一度に行える探査機を打ち上げる構想もあるという。

また火星以外では、2020年代中ごろに小惑星を、さらに2030年ごろには木星圏の探査を行うといったロードマップが公開されている。

一方、月探査においても、現在も月の裏側で月探査機「嫦娥四号」と、探査車「玉兎二号」が活動しているほか、2020年の末ごろには月からのサンプル・リターンを目指す大型の探査機「嫦娥五号」の打ち上げが予定されている。また、2020年代中ごろには、嫦娥五号とほぼ同型機「嫦娥六号」を、月の南極に送り、サンプル・リターンを行う計画もある。

さらに2020年5月には、将来的な有人月探査も見据えた性能をもつ、新型宇宙船の無人試験機の打ち上げにも成功している。ただ、有人月探査については、中国は慎重な姿勢を示しており、現時点で具体的な計画は発表されていない。

  • 天問一号

    月の裏側に着陸し、探査を行う「嫦娥四号」の月探査車「玉兎二号」。その技術やノウハウは今回の天問一号の礎となった (C) CNSA

課題は国際協力、明るい未来への期待

一方、中国の月・惑星探査における課題は国際協力である。天問一号の搭載機器の例に見られるように、欧州とは協力関係があるものの、国際的な科学コミュニティへの参加の度合いはまだ低い。

また、米国との関係はほぼ断絶している。たとえばNASAは、惑星探査機と通信するための強力な地上局のネットワークである「深宇宙ネットワーク(DSN)」を有しており、NASAをはじめ、日本や欧州の探査機、また先日打ち上げられたUAEの火星探査機ホープの追跡、通信にも利用されている。しかし、中国からのアクセスは許可しておらず、天問一号もDSNの支援なく、中国独自の地上局と、欧州のESTRACKのみで飛んでいる。

もっとも、天問一号のミッション・チームは、『Nature』の関連誌『Nature Astronomy』誌に寄せた論文のなかで、同時期に打ち上がる他の火星探査機や、国際的な惑星科学コミュニティに触れ、連携や期待を表明している。

また、天問一号の打ち上げ後には、NASAのジム・ブライデンスタイン長官がTwitterで「今日の打ち上げにより、中国は、火星における国際的な科学探検のコミュニティに加わることとなりました。中国が火星探査においてエキサイティングな科学的発見を行うことを期待します。安全な旅をお祈りします!」と述べ、打ち上げ成功を祝福している。これらは前向きな兆候といえよう。

現在火星では、米国、欧州、ロシア、インドの探査機が活動しており、また7月20日にはアラブ首長国連邦(UEA)の探査機「ホープ」が打ち上げられており、7月30日にはNASAの探査車「パーサヴィアランス」の打ち上げも予定されている。さらに2020年代を通じては、さらに多くの探査機の打ち上げが予定されている。

米国などこれまで火星探査に挑んできた国々に加え、UAE、そして中国という新たな国が加わることで、火星に関する私たちの知識が、前例のないレベルにまで前進することは間違いない。さまざまな探査機が協力して探査を行うことは、それぞれの観測データを補完し合うとともに、比較検証を行うことで解析結果の信頼性も向上も図れるなど、大きなメリットがある。

そしてそれは、人類全体の科学力や知見を高めることにつながり、明るくより良い未来をもたらすことになろう。

  • 天問一号

    UAEのホープ、中国の天問一号とともに、今夏火星へと打ち上げられる予定のNASAの探査車「パーサヴィアランス」の想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

【参考文献】

http://www.cnsa.gov.cn/n6759533/c6809878/content.html
China’s first mission to Mars | Nature Astronomy
China successfully launches first Mars mission - CASC
Your Guide to Tianwen-1 | The Planetary Society
Tianwen 1 (Huoxing 1, HX 1) - Gunter's Space Page