大都市ではCO2やNO2の濃度が低下
5つの分野のうち、気候・大気質に関しては、「いぶき」が大都市を中心とした二酸化炭素(CO2)の濃度を観測した。
「いぶき」は2009年に打ち上げられた世界初の温室効果ガス観測専用衛星で、現在も運用中であり、10年以上にわたるデータの蓄積がある。大都市を集中して観測できるモードをもち、またCO2濃度と大気の温度を、1万色に分類して細かく観測できるという能力ももち、さらに大気の上層と下層の濃度を分けて観測することもできる。このうち、下層のCO2濃度は、都市の活動から排出されたものと考えられることから、過去と現在の濃度を比べることで、COVID-19の影響でどれくらい変化したのかがわかる。
3機関の研究チームは今回、東京と中国の北京における、2016年から2019年までの1月から4月までと、2020年の同じ月の下層CO2濃度を分析。その結果、両方の都市で例年に比べて今年は濃度が低くなったことが判明したとしている。
また、2018年に打ち上げられた「いぶき2号」を使い、地球の全球のCO2濃度も比較。その結果、今年2月には中国、欧州を中心にCO2濃度が低減した領域が見られたほか、3月に入ると米国や中東でも濃度が低減した領域が見られたとしている。
会見した「いぶき2号」プロジェクト・マネージャの久世暁彦氏は「これから世界中のより多くの都市についてモニターしていきたい」と語った。
一方NASAは、「アクア(Aura)」やESAの「センティネル5P(Sentinel-5P)」といった地球観測衛星が取得した、化石燃料が燃える際に発生する二酸化窒素(NO2)のデータを解析した。その結果、たとえば欧州におけるシャットダウンの前と最中では、NO2の排出量が明らかに減っていることが判明。これらは主に自動車や発電所などの稼働率低下によるものと考えられるという。
また、自動車や発電所などの稼働率が低下したということは、CO2の濃度にも変化が見られるのではないかとして解析を実施。その結果、JAXAの解析と同様に、アジアや欧州、米国で想定よりも低いCO2濃度が確認でき、またNO2濃度との関連性も見い出せたという。
解析を担当したNASA科学局地球科学部門のケン・ジャックス氏は「大気中の寿命が数時間程度と短いNO2に対し、CO2は数世紀と長く、濃度の変化の度合いがはるかに小さくなること、また自然界のCO2の循環のほうが影響の度合いが大きいことなどから、解析は難しい挑戦だった」とし、「そこで、1000分の1という前例のない細かさで解析できる手法を編み出し、大都市におけるCO2濃度を正確に測定することに成功した」と語った。
飛行機の駐機数や自動車工場の駐車場の変化も捕捉
商業関連活動の変化に観測では、JAXAの「だいち2号」やESAの「センティネル1(Sentinel-1)」などが用いられた。
「だいち2号」は2014年に打ち上げられた衛星で、レーダーを使って、雲を透過し、また昼夜や天候に関係なく、地表の観測を行うことができる。
解析は、昨年と今年に同じ場所を撮影したデータを使い、今年だけ対象物が存在すると赤く、昨年だけ対象物が存在すると青く見えるように色を割り当てた疑似カラー画像を作成して行われた。
その結果、たとえばシカゴ空港では、駐車場に車がないことが明確に確認でき、フランスのシャトール空港では、便数が減ったことで、飛行機が大量に駐機している様子が見て取れたという。
また、北京国際空港の駐機場でも同様の変化が確認できたほか、その近くにある自動車工場の駐車場では、生産量の低下によって駐車している車の台数が減ったことも確認でき、これらの変化は中国政府によるロックダウン期間とも一致していることがわかったとしている。
さらにシンガポールにある港では、コロナ軽症者などのための簡易宿泊施設が建設された様子が確認できたほか、この港の貨物ターミナルで行っていたコンテナや車などの輸出・輸入などの作業が、他のターミナルに移動した様子もわかったという。
水質の変化も確認
沿岸部の水質に関しては、日本の「しきさい」や欧米の観測衛星のデータを用いて、外出や経済活動の抑制期間や回復期の変動の調査が行われた。
解析には、「クロロフィルa濃度(Chl-a)」が指標として使用された。Chl-aというのは、植物プランクトンが持つ光合成色素の濃度のことで、植物プランクトンの増殖に必要となる栄養物質(栄養塩)や、日射、水温などの自然変動に伴い増減する。沿岸では、河川水の流入と共に下水や農地など人間活動からの排水による栄養塩もChl-aを増やす要因となり得るため、Chl-aは水質の指標とひとつとして利用できるのだという。
たとえば、アドリア海北部のヴェネツィア沖について、衛星を用いて今年と他の年とのChl-aの差を調べたところ、ロックダウン期間(3月後半~5月初め)には、どの衛星のセンサーでも平年よりもChl-aの値が低かったという。
また、同海域の水質に関しては、「ロックダウンで船舶航行が減少したことで、ラグーン内の透明度が向上した」といった報道があるが、河川などの他のデータや空間分布などを検討した結果、実際には、ポー川河口からの栄養塩の流入低下などが原因であったと推測できるとしている。
一方、東京湾においても解析を実施したところ、衛星のセンサーで把握できる範囲では、沿岸環境や生態系への顕著な影響は見られなかったという。日本の沿岸域においてもChl-aの値が大きく変動していることが確認できたものの、昨年や一昨年もほぼ同様のレベルでの変動を示していたとしている。
この原因については、流域への降水によって変化する河川からの栄養塩の流入と、日射や気温、海上風による混合、吹き寄せ、湧昇などによって変動していると推測。ただし、衛星のセンサーの解像度より細かい数100m以下スケールの局所的な影響については明らかではないとしている。
また現在、大阪湾や伊勢湾についても解析を進めているという。
農業への影響も
3機関はまた、農業への影響についても解析を実施した。
国連世界食糧計画(WF)は今年4月、COVID-19の感染拡大により、最低限の食料の入手さえ困難になる人が世界中で倍増する、食糧危機が起こる可能性があるという見通しを発表している。
そこで、ESA地球観測センター(ESRIN)のアンカ・アングヘレア氏らは、地球観測衛星を使い、都市封鎖や国境閉鎖、そして食料需要の変化を、グローバルかつタイムリーに監視。その結果、たとえばドイツにおいては、農業の季節労働者の出入りが制限されたことにより、ホワイトアスパラガスの作付面積が例年より20~30%減少したことが判明した。実際、ドイツの農業生産団体は、今年のアスパラガスの総収穫量は平年から23%減少すると予測しており、衛星からの観測と合致するとしている。
今後の活用
衛星データの解析結果はすでに活用が始まっており、たとえば欧州委員会においては、ロックダウン中にどの国境でどれくらいの渋滞が発生しているかを調べることに活用し、医療などの重要な物資を届けるためのグリーン・レーンの確保に役立てられたという。
また、現在のデータセットは「バージョン1.0」であり、今後のアップデートでさらなる解析情報の掲載や、Webサイトの利便性向上を図ることしている。
さらに今後、商業地球観測衛星を運用する民間企業などと成果が共有されること、また3機関の「Earth Observing Dashboard」やJAXA独自の「JAXA for Earth on COVID-19」が、民間企業により利用されることにも期待するとしている。とくにJAXAには、「いぶき」や「しきさい」といった、民間企業が保有していない種類の衛星があることから、全球の気候状況を把握できる衛星データを用いた成果の発信を積極的に行っていくとしている。
また、こうしたデータは宇宙機関では評価が難しいところもあることから、Webサイト「Earth Observing Dashboard」などを通じて広く公開することで、さまざまな観点から多角的な評価・研究に使われることを目指すという。
NASAのジャックス氏は「このデータはまず、地球で何が起こっているかの指標になる。またそれだけでなく、経済的な指標にもなり、そして農業や海運、エネルギーなどの分野におけるソリューションに導いてくれると考えている」と語る。
地球観測データの社会科学評価に詳しい、九州大学大学院工学研究院教授の馬奈木俊介氏は、「新型コロナの影響で企業活動は低下したものの、一方で大気や水質、環境問題は改善した可能性がある。それらを総合的に評価するために、「Inclusive Wealth(新国富指標)」と呼ばれる指標により、社会への価値や、どのような影響があったかを計算することが重要になる」と語る。
なおJAXAによると、COVID-19の影響は今後も続くことや、農業では季節変化を踏まえるため長期での観測が必要であることから、今後1年程度は解析やその結果の公開を継続する予定だという。
また、将来的にCOVID-19の流行が終息したあと、解析Webサイトをどのように展開するかについては、3機関での協議により決めていくとしている。
参考文献
・JAXA | 地球観測データを用いたCOVID-19に対する解析Webサイト公開について
・NASA, Partner Space Agencies Amass Global View of COVID-19 Impacts | NASA
・ESA - Space agencies join forces to produce global view of COVID-19 impacts