「ダブルトップ体制」で役割を分担
医療費の増大や都市化、過疎化、限界集落化などの社会課題を、ICT技術の活用で解決/軽減することを目的にしたスマートシティ・プロジェクトが島根県益田市で進められている。
取り組みが始まったのは2016年。その後、2018年10月に「社団法人益田サイバースマートシティ創造協議会(MCSCC)」が設立されて取り組みが本格化し、現在では様々な実証実験が始まっている。
そのMCSCCは、2020年4月1日に人事異動を発表し、アーキテクトグランドデザイン(AGD)ファウンダーの豊崎禎久氏と元長崎市議の橋本剛氏の2名が代表理事に就任することを発表した。これまで代表理事は1名体制だったが、これを2名体制に変更したことになる。その目的は何なのか。さらには、益田市におけるスマートシティ・プロジェクトの現状や今後の展開などについて、代表理事に就任した豊崎氏と橋本氏に聞いた。
益田市のスマートシティ・プロジェクトの現状
--:2020年4月1日に、社団法人益田サイバースマートシティ創造協議会(MCSCC)の代表理事に豊崎禎久氏と橋本剛氏の2名が就任しました。まずは、益田市でのスマートシティ・プロジェクトの状況を教えてください。
豊崎:(以下、敬称略)島根県益田市のスマートシティ・プロジェクトは、とても順調に進んでいます。このスマートシティの特徴は「課題解決型」であることです。従来のスマートシティの多くは、大都市(アーバン)が対象であり、テクノロジ・オリエンテッドな取り組みがほとんどでした。このため、多くの取り組みが苦戦しているようです。一方で益田市は人口がわずか5万人弱。いわゆる田舎(ルーラル)です。しかし、ルーラルであるからこそ、社会課題を抽出しやすい。そうした社会課題に対して、最適なテクノロジを選んで適用し、解決していく。これがMCSCCの基本的な考え方です。
現在、どのような実証実験を展開しているのか。例えば、水害対策として、益田市内に張り巡らされた用水路の水位を測定するIoT(Internet of Things)システムを導入済みです。リアルタイムに何カ所もの水位を測定し、そのデータを元に樋門を開閉することで水位を調整して浸水や冠水を未然に防ぐわけです。水位計はバッテリーで駆動でき、測定結果は「LPWA(Low Power Wide Area)」と呼ぶ無線通信方式で近くの基地局に送ってから光ファイバ・ネットワーク経由でクラウド環境にアップします。
さらに益田市の壮年期の住民は血圧が高い傾向にあります。そこで、IoT機能が付いた血圧計を市民に配布し、測定した血圧データを収集して分析することで、個人の健康を見守る仕組みを導入しました。収集したデータは、新しい血圧計などの開発にも役立てることが可能です。
このほか、市道の保守・管理に向けて、目視ではなく益田市が所有するパトロールカーにセンサーを31個搭載してモニタリングするという実証実験にも着手しています。
--:このタイミングで代表理事を刷新した理由は何でしょうか。さらに、2名の代表理事という体制を採用した理由を教えてください。
豊崎:そもそも前任者の又賀善茅氏は2020年3月末で任期満了であり、2020年4月は新しい代表理事を選ぶ運びになっていました。
どう選ぶのかについては、今後、MCSCCが取り組まなければならない事業案件が数多くあります。国との関係や、グローバル企業との協業、別の地方都市への展開、新しいテクノロジへの対応などなど。それらを1人の代表理事だけでコントロールしていくには無理がある。そこで「ダブルトップ体制」への移行を決断しました。
--:豊崎氏と橋本氏の役割分担はどうなりますか。
豊崎:益田市において、これからスマートシティの構築をさらに進めて行くには、どうしても国とのやり取りが必要になります。例えば、個人情報の扱いに関する法整備などです。もちろん、我々が法律を作るわけではありませんが、法律作成の過程で「モノ」を申す必要があります。
さらに、国の助成金が必須なわけではないですが、現実的には助成金という形で支援してもらい、地方都市のインフラ整備を加速させることも1つの方策だと考えています。そのためには、国の仕組みを良く分かっている人、すなわち農林水産省において官僚経験のある橋本さんに代表理事に就任していただくことが最適だと判断しました。
その一方で、我々が開発したスマートシティの仕組みをグローバルな都市に移植するビジネスの展開も検討しています。このビジネスは国際競争を勝ち抜かなければなりません。しかし、全員と戦っても勝ち目はない。グローバルの中で、協業する相手を選び、そしてチームを編成しなければなりません。それには「ハイテク環境」をよく理解している人材が必要になる。そこで、もう1人の代表理事に私が就任したわけです。
橋本:(以下、敬称略)私と豊崎さんのダブル体制を採ることで、私は国内を、豊崎さんはグローバルを担当し、私は政府の各省庁を、豊崎さんはロビイストの顔もあるので政治家を担当するといった明確な役割分担が可能になりました。