アストラのロケット3.0が目指すもの
ステルス・モードが解除されたとはいえ、アストラやロケットに関する情報はまだ少ない。
同社は「宇宙へのアクセスを毎日提供することで、宇宙産業の仕組みに変革を起こす」ことを目指すと語る。現時点で毎日打ち上げが可能なロケットは存在せず、その実現も技術的に難しいが、DARPAローンチ・チャレンジの目的にも沿っていることから、同社は本気であることは間違いない。
アストラについて報じたブルームバーグやArs Technicaによると、ロケット3.0は、高度500kmの太陽同期軌道に約150kgの打ち上げ能力をもつという。1段目エンジンは「デルフィン(Delphin)」と呼ばれ、推進剤はケロシンと液体酸素を使う。1基あたりの推力は26.69kNで、1段目にはこれを5基束ねている。2段目エンジンの詳細は不明だが、名前は「イーザー(Aether、エーテル)」だとされる。
Kemp氏によると、ロケット3.0の1機あたりの打ち上げ価格は250万ドル程度にすることを目指すという。ちなみに、超小型ロケットの分野でトップ・ランナーである、米国企業ロケット・ラボ(Rocket Lab)の「エレクトロン(Electron)」ロケットは約750万ドルであり、わずか3分の1である。
Kemp氏に言わせると、「エレクトロンの設計は過剰」であり、対するロケット3.0は「かなり退屈なロケットになる」という。
エレクトロンはタンクなど機体構造に炭素繊維強化プラスチックを使い、エンジンなどの製造には3Dプリンターを多用。さらに打ち上げの高頻度化を目指して1段目機体の回収・再使用を目指しているなど、かなり先進的な造りになっている。
一方ロケット3.0は、機体にはアルミニウムを使用。エンジンの構造も可能な限り簡略化し、3Dプリンターなども使っていない。もちろん1段目の再使用もしない。設計したLondon氏は、Ars Technicaに対して「私たちは、最もシンプルで、最も製造しやすいロケットを造りたいと思っている」と語る。
それに加え、London氏は、「私たちは100%の信頼性を求めて打ち上げるわけではない」とし、わずかな信頼性の低下と引き換えに、大幅なコスト削減を図ることを目指していることを明らかにしている。そしてこのことは、同社の顧客も支持しているという。
ちなみにエレクトロンは、1号機の試験打ち上げに失敗した以外、これまで10機が連続成功している。ロケット3.0はこれに比べて、目に見えて信頼性を下げる、すなわち失敗数が増えるというわけではないだろうが、たとえば数字をコンマ何%落とすことで数百万ドルを削れるなら、それを良しとする考え方なのだろう。
具体的にどのようなことをするのかは不明だが、たとえば機体の強度マージン(余裕のこと)を、標準的なロケットより少なくしたり、打ち上げ前の試験などを簡略化したりといったことを考えているのかもしれない。
ただ、「安かろう、悪かろう」というわけではなく、たとえばエンジンのターボ・ポンプに電動モーターのポンプを使ったり、また、設計・実装・試験の工程を何度も繰り返して、システムの完成度や質を徐々に高めていく、反復型開発という開発手法を採用したりなど、押さえるべきところは押さえている。
ちなみに電動ポンプ式のエンジンは、ヴェンションズ時代からLondon氏が開発していたもので、また超小型ロケット用の液体ロケットエンジンのトレンドのひとつとなっており、前述のエレクトロンでも採用されている。もうひとつの反復型開発はソフトウェアの世界でおなじみのもので、IT業界出身のKemp氏の知見が活かされていることは想像に難くない。ちなみに、スペースXもロケットや宇宙船の開発に、同様の方法を採用していることが知られている。
すでに同社は、Webサイト上で打ち上げの予約を受け付けている。それも航空機のチケットの予約のように、予約フォームを通じて日時や行き先などを自由に選べるようになっており、現時点で2020年10月分から申し込めるようになっている。
2020年、超小型ロケットは生き残りをかけた競争へ
もし発表どおり、アストラが今後数週間以内にロケット3.0を打ち上げ、そして衛星の軌道投入に成功すれば、ベンチャーによる実用的な超小型ロケットの打ち上げ成功としては、ロケット・ラボに続いて史上2例目となる。また、会社設立からわずか3年半ほどでの衛星打ち上げ成功は、史上最短記録となると思われる(スペースXは約6年、ロケット・ラボは約12年)。
そしてそれ以上に重要なのは、現在ロケット・ラボがほぼ独占している超小型ロケットの市場に、アストラの参入によって競争が起こることである。とくにエレクトロンとロケット3.0は、打ち上げ能力こそ似通っているが、目指す能力や造り方、再使用性の有無などはまったくの正反対といってもいい。どちらがどれだけ市場に受け入れられるかはきわめて興味深い。
また2020年中には、ヴァージン・オービットが開発している空中発射型の超小型ロケット「ローンチャーワン(LauncherOne)」や、ファイアフライ・エアロスペースが開発している「アルファ(Alpha)」など、他社も超小型ロケットの打ち上げを計画している。2021年以降はさらに世界中から参入企業が増えることが予想されている。
さらに、スペースXや欧州のアリアンスペースなどは、小型・超小型衛星の「ライドシェア」打ち上げサービスを始めている。ライドシェアとは、ほぼ同じ軌道に投入する小型・超小型衛星を募集し、まとめて同時に打ち上げるというもので、打ち上げ時期などの自由度は超小型ロケットよりやや劣るが、衛星1機あたりの打ち上げ価格が安くなるというメリットがある。
また、小型衛星を使ったサービスやビジネスは、数年前からブームとされているが、最近ではベンチャーの起業数や衛星の打ち上げ需要が一段落し、また吸収合併や撤退といった動きも見え始めた。このことから、淘汰の時期に入ったと見る関係者もいる。
はたしてアストラは無事に打ち上げに成功し、エレクトロンの牙城を崩せるのか。そして市場はどう変化していくのか。今年から目に見えて始まるであろう、小型・超小型衛星と、超小型ロケットの市場の変化を、注意深く見守る必要がある。
参考文献
・Astra | Reserve A Small Satellite Launch
・Astra Introduction Video on Vimeo
・A Small-Rocket Maker Is Running a Different Kind of Space Race
・At Astra, failure is an option | Ars Technica
・New DARPA Challenge Seeks Flexible and Responsive Launch Solutions