周回機、着陸機、探査車からなるチャンドラヤーン2

  • チャンドラヤーン2

    打ち上げ時のチャンドラヤーン2の機体。下にオービター、上に着陸機のヴィクラムが載り、またヴィクラムの内部には探査車のプラギヤンが搭載されている (C) ISRO

チャンドラヤーン2は打ち上げ時の質量が3840kgもある大型の探査機で、そのうちオービターが2369kgを占める。

オービターには、前述の水を探す機器のほか、光学カメラやX線分光器、大気を分析するための質量分析計の一種である四重極型質量分析計などを搭載。月面から高度約100kmの軌道を周回し、観測期間は約1年が予定されている。

着陸機のヴィクラムは、質量1477kgで、観測機器として月の地震(月震)を測る地震計のほか、月面の熱特性を測る熱プローブ、月面のプラズマの密度や変動を測定するラングミュア・プローブ、そしてNASAが提供した、地球と月の距離を計測するレーザー反射鏡を装備している。

電力は太陽電池で生成。ただし、月の夜を越えるための装備はなく、月の1日のうち昼間にあたる、14地球日のみ稼働するように造られている。

探査車のプラギヤンは26kgで、ヴィクラムに搭載された状態で月に着陸し、展開されたスロープを降りて月面へ走り出す。

ヴィクラムと同じく、太陽電池で駆動し、また月の夜を越える能力はなく、運用期間は14地球日の予定。車輪は6輪で、走行速度は秒速約1cm、ミッション終了までの走行距離は500mほどになると見積もられている。

観測機器は、岩石の元素組成を調べるための「アルファ粒子X線分光分析器(APIXS)」と、レーザーを岩石に当てて元素組成を分析する「レーザー誘起ブレイクダウン分光器(LIBS)」を搭載している。

ヴィクラム、そしてプラギヤンの着陸場所は、月の表側・南緯70.9度、東経22.7度が予定されている。ここは「マンチヌスC」と「シンペリウスN」という2つのクレーターの間にある台地にあたる。また、地形などの都合で着陸できない場合にそなえ、近くに別の着陸候補地も設定されている。

南緯70度ということからもわかるように、この場所は南極域とは言えるが、南極そのものとは言い難い。ちなみに地球に置き換えると南極大陸の端と南極海の境界辺りにあたる。

それでも、これまで月に着陸した探査機のなかでは、最も南極に近い。また、この場所は、月の裏側から南極にかけて広がる、「南極エイトケン盆地」の表側にある縁から約350kmしか離れておらず、過去に巨大天体の衝突で南極エイトケン盆地が生成された際に飛び散った、当時の月の内部物質を直接探査できる可能性がある。

  • チャンドラヤーン2

    打ち上げ準備中の着陸機ヴィクラム。探査車のプラギヤンが搭載されており、実際に月面でも、この写真のようにスロープを出してプラギヤンを月面に降ろす (C) ISRO

ロシアとの破局から始まったチャンドラヤーン2

チャンドラヤーン2はもともと2007年ごろに計画が立ち上がり、2008年に打ち上げられたチャンドラヤーン1から、それほど間を置かずに打ち上げられる予定だった。

このころ、チャンドラヤーン2はロシアとの共同開発として計画されており、ISROは周回機と探査車、ロシア連邦宇宙庁(ロスコスモス)は着陸機と、周回機に搭載する観測機器を開発することになっていた。この計画は、ロシア側では「ルナー・リスールス」と呼ばれ、また「ルナー・グロープ」や「ルナー・グルーント」といった後継機の計画も立ち上がっていた。

しかし、ロスコスモスは2011年、火星の衛星フォボスを目指した探査機「フォボス・グルーント」を、故障により喪失。この影響で、チャンドラヤーン2/ルナー・リスールスを含む、月・惑星探査計画は軒並み延期となった。

これを受け、ISROはロシアとの共同開発を終わらせ、チャンドラヤーン2を独自に開発することを決定。一説には、当時中国が月着陸を目指した探査機「嫦娥三号」を開発していたことから、それより先に着陸を果たすため、打ち上げ時期が読めなくなったロシアとの共同計画を終わらせたともいわれる。

もっとも、嫦娥三号は2013年に打ち上げられ、月着陸に成功するも、その時点でチャンドラヤーン2は完成していなかった。ISROにとって初の月着陸機の開発は困難を極めたようで、2018年になりようやく打ち上げの目処がたった。ところが、さらなる試験の必要性や、試験中の事故などもあってさらに遅れ、今回ようやく打ち上げにこぎつけた。

そして現在、インドではチャンドラヤーン2の後継機として、2023~2024年ごろに、月の南極から石や砂などを地球に持ち帰ることを目指した「チャンドラヤーン3」の検討が進んでいる。チャンドラヤーン2が無事に成功すれば、本格的に開発が始まることになろう。

その先については、まだ具体的なことは決まっていないものの、インドは2022年に有人宇宙船の打ち上げを目指していることからしても、有人月探査を視野に入れていることは間違いないだろう。

一方でNASAは現在、アポロ計画以来となる有人月着陸を目指して進めている「アルテミス」計画において、月の南極域の有人探査や月面基地の建設を目指している。チャンドラヤーン2や3がもたらすであろう、月の水の研究や着陸・走行技術といった成果は、こうした動きにも貢献できる。

また、ISROと日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2018年12月に、「月極域探査の検討に関する実施取決め(Implementing Arrangement)」を締結。将来的にJAXAとISROが協働で月極域探査を行う場合の計画案について、技術的および科学的な観点から、実現性を含め、検討を行うことになった。インド側の報道では、前述のチャンドラヤーン3ミッションに日本が共同で参加することで検討が進んでいるという。

  • チャンドラヤーン2

    JAXAが構想する月極域探査のイメージ図 (C) JAXA

月の南極域の有人探査、あるいは月面基地の建設といった計画は、とてもインドなど一か国が単独で行うことは難しく、アルテミス計画に参画するなどし、国際協力で進めるのが現実的である。仮にインドがアルテミス計画に参画する場合、チャンドラヤーン2や3の成果は、月の水に関するデータや探査技術の提供などによって、プレゼンスを発揮することにつながる。

また、アルテミス計画に参画しない場合でも、インドが独自に、あるいはインドを主体とした新しい国際共同の枠組みによって、月の南極域での探査活動を実現するための鍵となるだろう。

出典

GSLV MkIII-M1 Successfully Launches Chandrayaan-2 spacecraft - ISRO
Launch Kit at a glance - ISRO
Catalog Page for PIA12237
JAXA | 国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)とインド宇宙研究機関(ISRO)の月極域探査の検討に関する実施取決めの締結について
After Chandrayaan-2, is India planning a third moon trip with Japan? - The Hindu

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

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Twitter: @Kosmograd_Info