30年越しの悲願、スペクトルRGに至る道
スペクトルRGは、天文学、そして物理学の新たな地平線を切り拓く可能性があると同時に、ソ連・ロシアの宇宙開発にとっても大きな意味をもつ。
スペクトルRGの起源は、1980年代にまでさかのぼる。ロシアは1983年にX線・紫外線宇宙望遠鏡「アストローン(Astron)」を打ち上げ、大きな成果を出していた。これに続く計画として、フランスなどと共同開発したX線・ガンマ線宇宙望遠鏡「グラナート(Granat)」の開発も進めており(1989年に打ち上げ)、衛星を使った宇宙観測が勢いづいていた。
このころラーヴォチュキン設計局(当時)やロシア科学アカデミーは、さらにこれらに続く野心的な宇宙望遠鏡の開発を計画。ひとつが電波宇宙望遠鏡「2AM」、そしてもうひとつがガンマ線宇宙望遠鏡「2AG」だった。
グラナートの打ち上げを控えた1987年には、この計画はさらに進化し、X線・ガンマ線を観測するスペクトルRGに、電波で観測する「スペクトルR」、紫外線の「スペクトルUF」、そして赤外線「スペクトルIK」の、計4機の宇宙望遠鏡を開発することになった。さらにミリ波、サブミリ波で観測する「スペクトルM」や「スペクトルS」といった将来構想も立ち上がり、まさにスペクトルという名前のとおり、いくつもの異なる宇宙望遠鏡によって、宇宙をさまざまな波長で観測することを目指していた。
ところが、1991年12月25日にソ連は解体され、ロシア連邦は財政難にあえぐことになった。その影響は宇宙開発にもおよび、多くの計画が遅延や凍結、中止の憂き目を見ることになった。
スペクトル・シリーズもまた、予算不足と、その少ない予算も火星探査機の開発に振り分けられることになったために、一時は開発が凍結。火星探査機の打ち上げ後、予算に余裕ができたことや、NASAなどが協力の手を差し伸べたこともあり、1990年代の後半には息を吹き返したが、それでも不十分で、開発は遅れに遅れた。
そうこうしてるうちに、NASAは「ハッブル」宇宙望遠鏡をはじめ、ガンマ線天文衛星「コンプトン」、X線天文衛星「チャンドラ」、そして赤外線天文衛星「スピッツァー」などを次々に打ち上げ、2002年には欧州宇宙機関(ESA)もガンマ線天文衛星「インテグラル」を打ち上げるなど、他国の先行を許す結果となった。
2000年代に入ると、開発体制を変更し、スペクトル・シリーズに使う衛星バスも変わるなど、計画の抜本的な見直しが行われた。その後も遅れを出しつつも開発は進み、2011年7月にはついにスペクトル・シリーズの1号機として、電波宇宙望遠鏡のスペクトルRが打ち上げられた。
スペクトルRはスペースVLBI(超長基線電波干渉計)による宇宙観測を目的としたもので、設計寿命の5年を超えて稼働し続け、多くの成果をあげた。その後、運用開始から7年半が経過した2019年1月に通信が途絶。復旧に向けた作業が行われたが、見込みがなくなったことから、5月30日に運用終了が宣言されている。
今回のスペクトルRGの打ち上げは、このスペクトルRに続く、ロシアの新たなる宇宙望遠鏡として花開いた。世界第一級の成果を目指すと同時に、スペクトルRの観測データと合わせた分析や研究も行われるなど、まさにスペクトルのシリーズ化の真価がようやく発揮されることになる。
スペクトルRGのその先へ
とはいえ、スペクトルRGをはじめ、ロシアの宇宙科学プログラムの現状は、決して手放しで喜べない状況にある。
じつはロシアにとって、宇宙望遠鏡はおろか、科学衛星というカテゴリにまで範囲を広げても、現在運用中なのはスペクトルRGだけしかない。すなわち、スペクトルRが運用を終えてからスペクトルRGが打ち上げられるまで、ロシア製の科学衛星がまったくない状態だったということでもある。
さらに、今回の打ち上げは、"ロシア誕生以来初めて、ロシアのロケットで、ロシアの宇宙機が、地球周回軌道の外に打ち上げられた"事例となった。
また、スペクトルRGの根幹をなす観測機器のひとつはドイツ製であり、またロシア製の観測装置もNASAの協力があったなど、完全なロシア製の宇宙機ではないという点も指摘しておかなければならない。他国でも宇宙開発における国際協力は珍しくはないが、お互いに協力してより大きな成果や関係の強化を狙うということと、他国の協力がなければ完成しなかったということはまったく別である。
こうした事実は、かつて米国と双璧をなすほどの栄華を極めたソ連・ロシアの宇宙科学プログラムが、前述のようにソ連解体とロシア連邦の資金不足の影響で大きく衰退し、いまなおその余波が続いていること、そしていちど衰退した技術力の復興がいかに難しいかを示している。
ただ、そうした苦難のなかでも、スペクトルRのミッションが大成功に終わり、そしてそれほど間を置かずにスペクトルRGが打ち上げられたことは、復活に向けたきざしと言えるのかもしれない。
さらに現在、スペクトル・シリーズの3機目となる、紫外線宇宙望遠鏡のスペクトルUFの開発も進んでいる。銀河同士のネットワーク「コズミック・ウェブ」やダーク・バリオン物質の探査、宇宙の熱的・化学的進化の研究、また太陽系外惑星の大気の分析などを行うことを目的としており、現時点で打ち上げは2021年以降に予定されている。
そして2025年以降には、サブミリ波から遠赤外線域を観測対象とした宇宙望遠鏡スペクトルMの打ち上げも計画。宇宙の化学進化や、ブラックホールのホーキング放射、ダーク・エネルギーなどについて調べることを目的としている。
また、それ以外の月・惑星探査機や科学衛星の開発も進んでおり、2020年代以降、続々と打ち上げが計画されている。
そのうえで、今回のスペクトルRGのミッションが成功するかどうかは、ロシアの宇宙科学プログラムがかつてのソ連時代のような栄華を取り戻せるかどうかの試金石となろう。
宇宙の謎を解き明かすと同時に、ロシアの宇宙開発の未来を占うという2つの使命を背負った、スペクトルRGの活躍に期待したい。
出典
・https://www.roscosmos.ru/26563/
・Spectrum-RG
・https://www.laspace.ru/press/news/launches/Spectr-RG_pyck/
・eROSITA | Max Planck Institute for extraterrestrial Physics
・eROSITA - the hunt for dark energy begins