といっても、VRの活用は万能ではない。今回のような、コックピットでの操作手順に習熟する場面なら使いやすいが、同じ整備の訓練でも、「エンジンの脱着」や「エンジンの分解」、あるいは「取り外した機器の検査」という話になると、VR向きではないように思える。
VRグローブを使えば、いくらか状況は変わるかもしれないが、細々した手先の操作を訓練するなら本物のほうがいい。それに、対象物が大きく、複雑になると、モデルを作る負担が馬鹿にならない。
その点、コックピットでの操作手順を訓練する場面は、対象物が比較的小さいし、手で行う操作の内容も限られる。それでいて訓練シナリオは多いから、同じモデルを活用しつつ多様な展開を行うには具合がよい。
それに、VRを使った訓練がどこまで有用か、どの程度の効果を発揮するかは、実地に検証してみないと確定しない。まず、1つのシナリオで試してみて、結果が良好なら他の分野にも順次拡大、というアプローチをとるのは、もっともなことである。いきなり完成品を作るのではなく、試作と試行とフィードバックを繰り返しながら改良していく、いわばスパイラル開発である。
また、使用するコンピュータやVRデバイスが進歩すれば、以前には実現が困難だった訓練が実用的になるかもしれない。今回の件でも、作業を進めている何カ月かの間に、もう新しいデバイスが市場に出てきていたほどだ。
ちなみに、日本航空は2016年から、マイクロソフトが販売しているMRデバイス「HoloLens」をパイロットや整備士の訓練に活用するコンセプトモデルの開発に取り組んでいた。それを受けて、エアバスがA350の訓練用に「HoloLens」を利用するためのソフトウェアを開発した際に、日本航空がパートナーになったこともある。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。