遅れたクルー・ドラゴンの開発

ようやく試験打ち上げができる段階までたどり着いたクルー・ドラゴンだが、その開発は一筋縄ではいかなかった。

当初は2016年中に無人での初飛行を行い、2017年から有人飛行が始まる予定だったが、その計画は大幅に遅れることになった。

スペースXはNASAと技術面で協力し、退役した宇宙飛行士を雇うなどして開発してきたが、それでも民間企業が一から宇宙船を開発することは難しく、とくにNASAが定める、有人宇宙飛行に必要な安全基準を満たすことは困難を極めた。

たとえば、計画当初は、機体側面のロケット・エンジンを、緊急脱出だけでなく、着陸にも使う予定だった。海に着水すると海水で汚染される上に、パラシュートを使って降下すると衝撃も大きいため、機体の再使用が難しくなる。陸地の狙った場所に正確に、ゆっくりと舞い降りるためには、ロケット・エンジンを使った着陸が欠かせない。また、大気が薄い、あるいはほとんどない火星や月に着陸する際にも、この技術は役に立つ。

すでにファルコン9の第1段機体を、同じようにエンジンを使って着陸させているスペースXにとって、実現に向けた障壁は小さいかと思われた。

  • クルー・ドラゴンのホバリング試験の様子

    クルー・ドラゴンは当初、側面のエンジンを使って着陸まで行うことが考えられていた。画像はホバリングする試験の様子 (C) SpaceX

しかし、実際には他の宇宙船と同じく、パラシュートを使った海に着水する方法に変更されることになった。

マスク氏によると、これには「安全性と、NASAからの認証の問題」があったという。

エンジンを使った宇宙船の着陸は前例がなく、一方でパラシュートは長年の実績があり、安全性も高い。また、時間をかければエンジンによる着陸技術を確立させることはできるものの、そうすると完成がさらに遅れることから、見送られることになった。

もっとも、将来的にエンジンによる着陸を行う可能性については含みを残している。

ちなみにボーイングのスターライナーも、クルー・ドラゴンほど野心的な設計ではなかったものの、同じように開発が遅れることになった。有人宇宙船を造ることがいかに難しいかを示している。

  • 現在のクルー・ドラゴンはパラシュートで海に着水する

    現在のところ、クルー・ドラゴンはパラシュートで海に着水することになっており、エンジンを使った着陸は先送りされた (C) SpaceX

さらなる遅れ、そしてISSから米国の宇宙飛行士がいなくなる可能性も

しかし、遅れの問題は解決したわけではない。

米国会計検査院(GAO)は今年7月11日、スペースXもボーイングも、安全基準の認証が遅れ、有人飛行が大きくずれ込む可能性を指摘する報告書を発表している。

現在の計画では、まず今年末に予定されている有人の試験飛行を受けて、有人の輸送サービスの実施に必要となる認証のための審査を行うことになっている。そしてスペースXは2019年2月に、ボーイングは同1月に、その認証を取得し、宇宙飛行士の輸送サービスを開始することを目指している。

しかし、GAOはその期日に間に合う可能性は「0%」だと指摘。スペースXは2019年8月~2020年11月まで、ボーイングも2019年5月~2020年8月まで、認証取得がずれ込むだろうとしている。

これは、「米国の地から、米国の宇宙船で、米国の宇宙飛行士を打ち上げる」ことが大きく遅れるということだけでなく、そもそもISSに米国の宇宙飛行士が滞在できなくなる可能性もはらんでいる。

  • ボーイングが開発している宇宙船「スターライナー」の想像図

    ボーイングが開発している宇宙船「スターライナー」の想像図。クルー・ドラゴンと同じく、開発が遅れている (C) Boeing

前述のように、スペース・シャトル引退後、独自の有人宇宙船をもたない米国は、ロシアのソユーズを使って宇宙飛行士をISSに送っている。しかし、この契約は2019年11月で終わることになっている。ソユーズの座席を追加購入しようにも、ソユーズの製造には約3年かかるため、いまから申し込んだとしても2021年以降の分しか購入できない。

スペースXもボーイングも、2019年中に認証を取得することができれば、ソユーズの座席契約が終わる2019年11月にぎりぎり間に合う。しかし、もし2020年までずれ込むことになれば、数か月間、米国の宇宙飛行士がISSに訪れることができない事態が発生する。もちろん、NASAが購入するソユーズの座席を使って宇宙飛行士を送り込んでいる日本や欧州にとっても他人事ではない。

これを受けてNASAでは、ISSの運用スケジュールを調整し、2019年11月に予定されているソユーズの地球帰還を延期したり、あるいは認証前の有人での試験飛行を利用して宇宙飛行士をISSに輸送したりなど、いくつかのオプションを検討している。とはいえ、前者も後者もリスクがあるため、解決は一筋縄ではいかないだろう。

さらに間の悪いことに、7月22日には、スターライナーの脱出システムで使うロケット・エンジンが、今年6月に試験中にトラブルを起こしていたことが発覚。これによる計画の遅れの度合いは明らかになっていないが、少なくとも状況がさらに悪化したことは間違いないだろう。

民間企業による宇宙船の開発、そして運用を目指すという野心的な計画は、まもなく実現の時期を迎えつつある。NASAの目指す、民間にできることは民間に委ね、NASAはさらにその先のことに力を入れるという方針の実現も、さらに宇宙旅行の実現という夢も見えてきた。

しかし、「百里を行く者は九十里を半ばとす」ということわざのとおり、まだまだ予断を許さない状況にある。

  • 打ち上げを待つクルー・ドラゴンの想像図

    打ち上げを待つクルー・ドラゴンの想像図 (C) SpaceX

参考

SpaceXさん(@spacex) Instagram写真と動画
Crew Dragon | SpaceX
U.S. GAO - NASA Commercial Crew Program: Plan Needed to Ensure Uninterrupted Access to the International Space Station
Commercial crew delays threaten access to ISS, GAO warns - SpaceNews.com
Boeing suffers a setback with Starliner’s pad abort test [Updated] | Ars Technica

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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