これまでのVR体験に足りなかったのは「音」だ、と語ったのは、クラフター 代表取締役社長 古田彰一氏。博報堂系の映像コンサルティング企業で、3DCGアニメーション制作機能を有している同社は、「攻殻機動隊 S.A.C.」などで知られるアニメ監督・神山健治氏が共同CEOに名を連ね、宮崎駿監督の短編作品『毛虫のボロ』CGパートを担当するなどの実績を持つ。そんなコンテンツ開発に携わる立場の観点から、「映画館で、VR!」の一番の強みは音にあると語られた。
これまでのVRコンテンツとの相違点として、「(同事業では)ヘッドホンで耳をふさいでいない」ことを挙げた古田氏。映画館が備えるハイクオリティな音響設備は、VRの360度をカバーする映像とは"理想の組み合わせ"だと強調した。また、耳を塞いでいないことから周囲の気配が音で感じ取れるため、個々人ごとに視点が異なるVRでありながら、ホラーでは悲鳴、ライブでは歓声などを同時に聞くことができ、一体感を共有する新たな体験が提供できるとも語った。
そして、先述の6DoFに対応したHMDの没入感を最大限感じられるものにするため、先行体験のコンテンツはあえてアニメーション短編3本立てという構成を取ったという。上映時間は約30分で、一律1500円という価格設定。既存のHMDメーカーの規定と同様、若年者のVR鑑賞による斜視のリスクなどを鑑みて、「13歳以下は体験不可」というルールとなっている。
将来的には長編、子供向けも視野に
今後のラインナップとしては、アーティストのライブや呪怨VR、東映の強みである特撮から仮面ライダーVRなど、さまざまなものが挙げられた。東映・村松氏は「今は(先行体験で設定した)30分が連続鑑賞の限界かと考えているが、将来的には長編映画の一部をVR化するような作品もつくっていきたい」と展望を述べた。
また、東映の保有IPには、仮面ライダーのみならずスーパー戦隊シリーズ、プリキュアシリーズ、ドラゴンボール、ONE PIECEと、大人から子どもまで幅広い年代のファンが存在する強力なものがそろっている。それらのVR化の可能性を村松氏に質問したところ、「現状はスクリーンに2D映像、HMDで3D映像を流しているので、その使い分けによる展開も考えられる。また、さらなる技術革新によって目に優しいVRが実現できれば、(子ども向けの興行も)可能になるだろうと思う」と、今後の可能性についてコメントした。
「みんなでVR」を初体験
同時開催された体験会では「夏をやりなおす」のみ上映された。ゲストのSTU48もこの作品を体験したのだが、彼女たちの様子からもわかるように、この作品はホラー仕立て。体験会でも遠くで誰かが「ヒッ」と声を上げたのが聞こえ、その予期せぬ"音響効果"に自分も少し身を震わせることになった。
HMDの装着手順の案内はスクリーンに表示されており、不明点は映画館のスタッフ2~3名が都度対応していた。新たな体験に期待をもって臨んだ一方、映画館で面識のない他者と近接した状態で視界を完全に塞ぐことに、やや恐怖を感じたのも正直な感想だ。監視の強化や手荷物預かりなど、盗難や痴漢といったトラブルから、観客の身の安全を担保する方策は必要になるだろうと感じた。
3DCG映像は360度対応で、後ろのほうを見渡しても背景が作られており、登場人物の自然な表情や場面の切り替え、オブジェクトの質感などに作り込みが感じられた。体験上映ではホラー以外に毛色の異なるジャンルのアニメーション作品が展開されるため、VRを体験してみたいという需要には一通り応えられるものと思われる。個人的興味で言えば、アーティストのライブ映像や、バルト9がなかば"聖地"となっていた「応援上映」のような、観客の声があってこそ際立つ映像体験に興味がわいたので、今後の展開にも期待したい。
これまで「ひとり用コンテンツ」であるがゆえに広がりに歯止めがかかっていた面のあるVR体験に、「共有体験」という新たな一手を投じる「映画館で、VR!」。先行体験上映の反響次第で上映回数の増加もあり得るということで、今回の提供コンテンツが見たいという人はもとより、今後のVR体験の広がりに興味を持っている人も、一度体験してみてほしい。