火星内部の探査に重点を置いた探査機

こうした目標を達成するため、インサイトには大きく3つの観測機器が搭載されている。

ひとつは「SEIS」と呼ばれる地震計。火星で起こる地震の有無やその大きさ、分布などを調べることができる。火星には地球のように人の活動や自動車の往来といった人工的な揺れがないことが大きいため、水素原子ほどの小さな動きさえも検出できるという。

さらに、地震波は惑星の内部を通過した際に変化する。その波がどう変化するかは、内部がどのような物質で作られているかによって変わる。つまり、その波を分析すれば、内部の地殻やマントル、コアにどんな物質があるのかを調べることができる。

インサイト計画に参加する科学者のBruce Banerdt氏は「科学者は長い間、火星で地震学を研究することを夢見てきました。とくに私にとっては、40年前の大学院生のころからの夢でした。そしていま、その夢が現実になりました」と語る。

もうひとつは「HP3」と呼ばれる温度計。何度も杭打ちし、火星の地下5mに突き刺し、火星内部で熱がどのように流れているのか、深さとともに温度がどのように変化するかなどを調べる。

現在の研究では、火星は地球、月と同じ材料から生まれたと考えられているが、この温度の測定によって、その考えが正しいかどうかを判断するのに役立つデータが得られる。また、火星の熱を生成する元素が内部のどこに、どれくらいあるのかもわかっていない。そこで、このHP3と、前述した地震計のデータとを組み合わせることで、その答えが見つかるかもしれない。

そしてもうひとつが「RISE」と呼ばれる装置。RISEが調べるのは「極運動」という、他の天体の影響などで惑星の北極と南極が少しだけ動く現象で、地球の場合は主に月の重力が、火星の場合は主に太陽がその原因だといわれている。

RISEは、地球から送られてくる電波を反射することで、自身の位置を精密に測定することができる。これを繰り返し行うことで、極運動による北極の動きを検出することができる。これにより、火星がどのような極運動を行なっているのか、そしてその動きを分析することで、コアの大きさや密度なども、いままでより正確に知ることができる。

  • インサイトはさまざまな観測機器で地中を調べる

    インサイトはさまざまな観測機器で地中を調べる (C) NASA/JPL-CALTECH

蘇った不死鳥

インサイトはNASAジェット推進研究所(JPL)が開発を担当した。そのほかフランスやドイツなどの研究機関も参加している。

インサイトの大きさは、高さ1.56m、幅6m、質量360kgと、決して大きな探査機ではない。またその機体も、かつて火星へ送られた探査機「フェニックス」の設計を流用している。もちろんフェニックス同様、火星を走り回るためのタイヤもない。

さらに、機器を火星の地上に設置するロボット・アームは、かつて計画が中止された火星探査機「マーズ・サーヴェイヤー2001」(Mars Surveyor 2001)のために開発されていたものが流用されている。そのほか、センサーや機体構造にも、他の探査機の予備部品などが用いられている。つまり火星内部の探査のみに焦点を当てること、そして過去の探査機を流用することで、低いコストとリスクで、最大限の成果を生み出すことを狙っている。

もっとも、低いリスクでとはいえ、トラブルがなかったわけではない。当初、インサイトの打ち上げは2016年に予定されていたが、火星を模した環境の中で試験をしたところ、地震計が損傷。設計変更や改良が必要になった。これにより2016年中の打ち上げはできなくなり、次に地球と火星の位置関係が好条件になる2年2か月後の、今回の2018年のタイミングまで延期することになり、開発費も嵩んだ。

火星到着は今年11月26日の予定で、着陸地点は火星の赤道付近にある「エリシウム平原」(Elysium Planitia)と呼ばれる広大な平原が予定されている。この場所は障害物になりそうな地形がないことから、より安全・確実に着陸させるために選ばれた。Banerdt氏は、この場所を「火星最大の駐車場」とたとえる。

火星着陸後、探査期間は約2年(火星の時間では約1年)が予定されている。

  • 試験中のインサイト

    試験中のインサイト (C) NASA/JPL-CALTECH

世界最小の惑星探査機による火星見聞録

このインサイトの打ち上げでは、2機の超小型衛星も搭載され、インサイトとやや離れつつも、ほぼ同時に火星へと向かう軌道に投入されている。

この2機は「マーズ・キューブ・ワン」(Mars Cube One)、略して「マルコ」(MarCO)と呼ばれている。打ち上げ後には地上からの最初の通信に対し、Helloならぬ「Polo」というメッセージを返し、自身の名前と組み合わせて「マルコ・ポーロ」(Marco Polo)というギャグも披露した(もちろん、開発者の遊び心によって、そういうプログラムが組まれていたというだけであるが)。

ちなみに、2機のうち1機には「ウォーリー」(Wall-E)、もう1機には「イヴ」(Eve)という名前もつけられている。これは2008年に公開されたディズニー映画『ウォーリー』にちなんでいる。

ウォーリーもイヴも、いわゆる「6U・キューブサット」で、寸法は36.6cm×24.3cm×11.8cmと、両手で軽く持てるくらいの大きさしかない。

マルコのミッションは、インサイトが火星に着陸する際に、通信を地球に中継することにある。探査機が火星に着陸する際、すでに軌道上にいる周回探査機を使ってデータの中継を行うことがあるが、インサイトの着陸時には、既存の探査機では位置関係などの都合上、中継ができない。そこで、マルコがその役割を担うことになった。

そのためマルコには、小さいながらも推力を生み出せる超小型スラスターが搭載されている。このスラスターはハイドロフルオロカーボン(いわゆる代替フロンのひとつ)のガスを噴射する仕組みで、推力は25mNほど。これを使って軌道を修正し、火星に向かうとともに、インサイトと地球との通信に最適なコースを取る。

ちなみに、インサイトはあらかじめ本体のメモリに書かれたプログラムに従い、完全に自動で火星に着陸する。そのため、もしマルコが途中で壊れたとしても、リアルタイムで状況がわからなくなるだけで、着陸そのものは問題なく行うことができる。

NASAのチーフ・サイエンティストを務めるJim Green氏は「マルコのミッションは、インサイトの成否を左右するものではありません。潜在的な将来の能力の実証です」と語る。

またNASAによると、この中継ミッションの終了後、スラスターの推進剤などに余裕があれば、小惑星など他の天体を訪れることも検討しているという。

マルコは打ち上げられた時点で、惑星間軌道に投入された世界最小の宇宙機となった。もし無事に火星までたどり着くことができば「世界最小の火星探査機」、そのあとで小惑星などを訪れることができれば「世界最小の小惑星探査機」にもなるかもしれない。

火星の内部を精密診断するインサイトと、いっしょに飛ぶ2機の世界最小の火星探査機。6か月後に控えた火星着陸と、インサイトたちが生み出す成果を心待ちにしたい。

  • マルコの想像図

    マルコの想像図 (C) NASA/JPL-CALTECH

参考

News | NASA, ULA Launch Mission to Study How Mars Was Made
Overview | InSight - NASA Mars
Science | InSight - NASA Mars
Mars core structure―concise review and anticipated insights from InSight
JPL | Cubesat | MarCO

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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