空気で動く、低コストかつ省スペース、安全・安価な蠕動ポンプ

こうした経緯で開発された蠕動ポンプは、一見するとただの黒い筒、管のような形をしている。

この黒い部分はゴムで、内側にもまた別のゴムが張ってあり、この二重のゴムで円筒形の管を形作っている。それ以外の部品点数も少なく、交換も簡単だという。

このゴムの管に人の息程度の強さの空気圧を吹き込むと、ポンプ全体が縦方向に収縮し、同時に内側が膨らんで管の中が閉塞するようになっている。つまりこのゴムが人工筋肉となり、大腸を形作っている。このように動く秘密は、外側のゴムは筋肉のような筋が入って、縦方向(長手軸方向)にしか伸び縮みしないようになっているいっぽう、内側のゴムは管の中に向けて膨張・収縮するようになっているところにある。

このポンプをいくつもつなげ、そしてそれぞれが動くことで、中の物体を混ぜ合わせつつ、搬送することができる。それぞれの動かし方にはいくつかのやり方があり、間隔を空けて閉塞と開放を繰り返し、分割と再結合で結合する「分節運動」と、管内を往復して移動し、押し出す力によって徐々にこねて混合する「振り子運動」、そしてそれらを行いつつ搬送したり、あるいはどこかで閉塞して止めたり、固液を分離したり、さらにT字の分岐で右方向や左方向だけに搬送したりといった動きをすることができるという。

これまで、水とBB弾が混ざった固液混合流体や、はちみつほど粘り気のある高粘度流体などを搬送することに成功。さらにそうした物体を垂直に搬送することにも成功しているという。

  • 腸の混合動作

    腸の混合動作。蠕動運動型ポンプはこの動きを再現している (C) 中央大学/JAXA

  • 蠕動運動型ポンプの仕組み

    蠕動運動型ポンプの仕組み (C) 中央大学/JAXA

  • 中央大学・中村太郎教授による蠕動運動型ポンプの説明

固体ロケットの推進剤に用いられたのも、このポンプを応用したものだった。

具体的には、ポンプをいくつもつなげて環状にし、その中に推進剤の材料を入れて、こねくり回し続ける。間には調音装置を入れ、推進剤を製造するのに最適な温度に保つ。そして完成すれば、品質検査装置を通し、そのままロケットの中に入れる。いまのところおおよそ60分で製造できるという。

  • 蠕動運動型ポンプを使った固体ロケット推進剤の製造システムの図

    蠕動運動型ポンプを使った固体ロケット推進剤の製造システムの図 (C) 中央大学/JAXA

  • システムの概要

    システムの概要 (C) 中央大学/JAXA

この造り方にはいくつものメリットがあるという。

たとえばプラネタリー・ミキサーのように羽根でかき混ぜるのとは違い、揉みしだくように混ぜるため、火花が発生せず、強い力がかかることもないため、安全性が高い。

また、ミキサー内に残る推進剤も少なくなるため、無駄なく製造でき、コストダウンが図れる。さらに材料の投入からモーター・ケースに流し込むまでがユニット化されているため、24時間連続稼働させて製造することもでき、大量生産ができる。またポンプの配置は自由にできるので、狭い場所、それこそ部屋の片隅や隙間でも設置ができる。

おまけにポンプは弱い空気圧で動くため、必要なエネルギーも少ない。空気圧を送り込む装置を離れた場所に置くことで、モーターなどの火花を発することがある危険な部品を遠ざけられ、推進剤と直接触れる部分はゴムだけなので、安全性も高い。

さらにミキサーでは混ぜるのが難しかった、粉の量が多い場合でも、問題なく混ぜ合わせることができる可能性がある。中村氏によると、揉みほぐすように混ぜることで、固体(粉体)に液体が浸透しやすくなるからではないかと分析している。また羽生氏によると、固体推進剤はある粉の量を増やしたり、いままで混ぜられなかった素材を入れたりすることで、性能を向上できる余地があるという。従来の造り方では実現不可能だったが、このポンプを使えば可能になり、理想的な固体ロケット推進剤が製造できるようになるかもしれないと期待を見せる。

固体ロケットをより効率的かつ低コストに製造でき、安全性も高く、さらに能力の向上も見込める、まさに革新的な技術である。

  • 固体ロケット推進剤を製造・搬送する蠕動運動型ポンプの動作デモンストレーション

  • 蠕動運動型ポンプで固体ロケット推進剤を製造・搬送するデモンストレーション(アングル1)

  • 蠕動運動型ポンプで固体ロケット推進剤を製造・搬送するデモンストレーション(アングル2)

燃焼試験も成功――「すでに産業化への道が開いている」

研究グループはまた、実際に1kgほどの推進剤を製造してロケットに入れ、地上での燃焼試験も実施した。

実施にあたっては実験室でできる範囲を超えるため、化学・電気メーカーのカーリットホールディングス(カーリットHD)の協力を得て、また公共機関などから設置許可や完成検査許可を受けて進めたという。さらに研究者だけが扱えるのではなく、企業の技術者などの第三者でも取り扱えるよう、マニュアルも作成したという。

試験は無事に成功し、詳しくはまだ解析中ではあるものの、従来のやり方で製造した推進剤と変わらない性能が出ているという。

  • 蠕動運動型ポンプを使って実際に固体ロケット推進剤を製造する様子

    蠕動運動型ポンプを使って実際に固体ロケット推進剤を製造する様子 (C) 中央大学/JAXA

  • このポンプで製造したロケットの燃焼試験の様子

    このポンプで製造したロケットの燃焼試験の様子 (C) 中央大学/JAXA

中村教授らは今後、また、ポンプそのものや、つなげたそれぞれのポンプをどう動かせば最適なのかというパラメータの、ハードとソフトの両面においてさらに研究・改良を行い、作業効率の向上や製造時間の短縮を進める他、大型化、そしてどれくらい混合できているかをリアルタイムに確認できる仕組みの開発などを進めているという。さらに事業化も検討しているという。

羽生氏は、「いまのロケットと比べ、どれくらいのコストダウンになるかは具体的には言えないが、このポンプは省エネで全自動、コンパクトな装置で、部品点数も少なく交換も簡単と、産業用の機械として重要な要素を兼ね備えているので、企業などにも使ってもらえるのではないか」と、事業化への期待を語る。

また「近年、世界中で小型衛星の打ち上げに特化した小型ロケットの開発が盛んになっている。そこにおいて、固体ロケットは小型ロケットに適している。この製造方法で低コスト化を実現し、日本のロケット産業に対して技術転用し、ロケットを安く、幅広く利用されてほしいと考えている」と続けた。

さらに羽生氏は「単に燃料が製造できた、燃焼試験が成功した、というだけでは記者会見は開かなかった。安全性も認証済みで、産業用の装置としてポテンシャルがある。(この発表は)『すでに産業化への道が開いている』ということが重要です」と語った。

なお、今回の研究で燃焼試験などを担当したカーリットHDは、現在、固体推進剤の過塩素酸アンモニウムを供給しているが、固体推進剤そのものも製造することを検討しているという。これに関連し、カーリットHDに取材を申し込んだが、回答を得ることはできなかった。

また中村氏は、このポンプを事業化するため、ベンチャー企業を設立。さらにロケット以外の分野でも活用していきたいという。前述のように、固液混合流体や高粘度の流体といえば、パンの生地やセメント、土砂、原油などがあり、また粉体も運べることから、応用できる分野や、その可能性は非常に広い。

中村氏は「まだ言えないが、このポンプを利用したさらにいいアイディアもある」と、事業化に挑戦する意欲を語った。

参考

中央大学・宇宙航空研究開発機構 共同記者発表会を行いました―効率的でより安全なロケット燃料製造技術の実現へ― | 中央大学
プレスリリース詳細
中央大学バイオメカトロニクス研究室 - 固体ロケット蠕動運動型ポンプ
中央大学バイオメカトロニクス研究室 - 蠕動運動型ポンプ
中央大学バイオメカトロニクス研究室 - 蠕動運動型ポンプ(粉体搬送)

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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