フェアリングを再使用する意義
フェアリングを再使用する最大の意義は、なんといってもコストダウンできる可能性があるというところにある。
ファルコン9を使い捨てる場合の打ち上げ価格は約9500万ドルとされる。製造コストを価格の半分とすれば、フェアリングはその約13%を占めることになる。それを再使用できれば、打ち上げコスト、あるいは価格を下げられる可能性があるのは間違いない。
しかし、実際のコストや価格、そして再使用することによる信頼性の問題については、少し注意する必要がある。
第1段機体については、すでに再使用が行われており、スペースXは新たに製造する場合に比べ、約半分のコストで再使用ができると明らかにしている。実際、第1段機体を再使用する際の打ち上げ価格は、1割から3割ほどの値引きが可能だとされる。最近では、再使用機体はむしろ、一度打ち上げに成功したことで"飛行実証済み"という付加価値があるとして、過度な値引きは行わないという話もあることから、信頼性も十分と見ていいだろう。
しかしフェアリングに関しては、高価なロケットエンジンや電子機器をもつ第1段機体と比べ、比較的単純な造りをしていることから、再使用によってコストダウンできる幅はあまり大きくないと考えられる。また、船による回収が必要なこと、それも2つに分かれるフェアリングを両方回収しようとするなら2隻必要なことも考えると、再使用にかかるコストもそれなりに大きくなろう。つまり赤字にこそならないまでも、再使用する旨みはあまりないかもしれない。
さらに、フェアリングはロケットの飛行中は絶対に分離してはならず、いざ宇宙に到達すれば必ず分離しなければならないなど、動作条件は厳しい。古今東西、フェアリングが飛行中に脱落したり、あるいは分離できなかったりして、打ち上げが失敗に終わったケースは多く、"中古品"であるフェアリングがどれほどの信頼性をもつかは、今後の課題となろう。
第1段機体はともかく、フェアリングに限っていえば、大量生産したほうがコストと信頼性のバランスが取れる可能性もある。ちなみに日本は現在、分離後に海に着水し、浮遊するフェアリングを船で回収しているが、これは船舶の航行の邪魔にならないようにとの配慮で行われるもので、再使用を目的としたものではない。また、こうした事情から「イプシロン」ロケットのフェアリングは水没するようになっており(H3でも同じ仕組みが導入予定とされる)、はなから再使用は考えられていない。
もっとも、ファルコン9は毎週1機、将来的には最短で毎日1機の打ち上げが可能とされ、(それほどの需要があるかは別として)高頻度の打ち上げを行うのなら、毎回フェアリングをゴミとして捨てるのは環境に悪いのも事実である。その観点からは、再使用には明確な意義があるといえよう。
補給船や宇宙船も網でキャッチ、さらに第2段再使用も?
しかし、このフェアリング回収の技術は、もっと意味のあることに使える可能性がある。
マスク氏はファルコン・ヘヴィの打ち上げの記者会見で、フェアリング再使用について言及した際、フェアリングを網で捕まえるという方法は、「ドラゴン」補給船や「ドラゴン2」宇宙船でも応用できると発言している。
現在ドラゴン補給船は、お椀型のパラシュートで太平洋上に着水しており、開発中のドラゴン2宇宙船も同様の方法で帰還する。ドラゴンもドラゴン2も機体を再使用できるが、もし船で受け止めることができれば、海水を洗浄する必要がなくなるため、再使用性の向上、それによるコストダウンも期待できる。
そしてもうひとつの可能性は、第2段の回収である。
マスク氏はかねてより、ロケットの第2段も回収、再使用し、フェアリングも含めロケットを完全再使用することで、コストをいまの100分の1にしたいという目標を語っている。
ファルコン9の第2段は、第1段との分離後にさらに加速し、衛星を目的の軌道まで送り届ける。そのため衛星を分離した時点で、第2段機体も衛星と同じ軌道に乗っており、つまりは第2段そのものが衛星になっている。
衛星となった第2段は秒速約8kmもの速度で飛んでいるため、回収するためにはそこから減速して帰ってこなければならない。軌道離脱や着陸するための追加の推進剤はもちろん、大気圏再突入に耐えるための宇宙船のような耐熱シールドや、着陸脚も必要になる。
さらに、そうした装備によって第2段が重くなれば、その分、打ち上げられる衛星の質量が小さくなり、打ち上げ能力が大幅に低下する。
つまり第2段の回収、再使用は、技術的には可能かもしれないが、実現はきわめて難しく、旨みも少ない。そのためここ最近では、第2段の再使用についてはややトーンダウンしており、実際に試験が行われることもなかった。
しかし、第2段の乾燥質量(推進剤が空の状態の質量)はドラゴンとほぼ同じため、ドラゴンを網で受け止められるなら、第2段も十分可能である。もし第2段も船で回収できれば、着陸するための推進剤と着陸脚は不要になるため、回収が実現する余地が生まれる。また、第2段にはエンジンや電子機器があるため、フェアリングより、再使用によるコストダウンの可能性は大きい。
もしフェアリングやドラゴンの回収がうまくいくようなら、第2段を回収、再使用するという構想も、息を吹き返すことになるかもしれない。
そもそもフェアリングのないロケットへ
しかし、この網で捕まえるという方法が使われるのは、もって10年くらいになるかもしれない。
スペースXは現在、完全再使用を目指した巨大ロケット「BFR」を開発している。BFRは第2段がそのまま宇宙船のような構造になっており、そのまま大気圏に再突入して帰還することができ、フェアリングも分離せず、貨物機のように機首部分が大きく口を開ける仕組みになっている。
BFRは完全再使用、つまり機体すべてが再使用できることから、打ち上げコストはファルコン9よりも小さくなるとされ、いずれはファルコン9とファルコン・ヘヴィを代替し、衛星の打ち上げから、スペースXの最大の目的である火星移民までを一挙に担うことになる。また第2段が宇宙船を兼ねていることから、ドラゴンやドラゴン2も代替することになる。
いまのところ、BFRの初打ち上げは2022年ごろとされるが、開発が遅れたとしても、おそらく10年以内には登場することになろう。そうなれば、網による回収は不要になる。
とはいえ、それまでスペースXは、ファルコン9やファルコン・ヘヴィを運用し続け、また市場などで存在感を維持し続けなくてはならない。そのためには、フェアリングを(あるいは第2段も)再使用するなどし、飽くなきコストダウンに取り組むことが、ひとつの重要な鍵になる。さらに、宇宙に行ったロケットや宇宙船を完全な形で回収できれば、BFRの開発に役立つデータも得られる。
スペースXが「網でフェアリングや宇宙船を捕まえる」という、一見突飛もないアイディアを実現しようとしている背景には、ロケットを少しでも安くし、宇宙を誰もが行ける場所にするという目的と、そのためにできることはなんでもするという、攻めの姿勢、将来への布石という意図がある。
参考
・Elon MuskさんはInstagramを利用しています:「Going to try to catch the giant fairing (nosecone) of Falcon 9 as it falls back from space at about eight times the speed of sound. It has…」
・Elon MuskさんはInstagramを利用しています:「Falcon fairing half as seen from our catcher’s mitt in boat form, Mr. Steven. No apparent damage from reentry and splashdown.」
・Fairing | SpaceX
・Elon Musk, ISS R&D Conference, July 19, 2017 - YouTube
・Kawasaki News | 川崎重工業株式会社 - 171 Summer
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info