この番組の目指すもの。それは、この番組に出演する参加者が消費者に対する姿勢や振る舞いを学ぶことを通じて、自らがインフルエンサー=世の中の人々に影響を与える発信者になることだ。そこには、現在トレンドとなっているインフルエンサー・マーケティングに対する強烈な皮肉が込められているという。
一般的なブランド・マーケティングなどにおいて行われるインフルエンサーの活用は、企業が人気YouTuberやインスタグラマーに対価を払って情報発信を依頼して情報を拡散させる。これを山田氏は「ちょっとズルい方法ではないか」と指摘する。
「いま行われているインフルエンサー・マーケティングでは、“商品”としてラインナップされている人気インフルエンサーを数字(フォロワー数や見込みリーチなど)だけを見て買い付けて、自分たちが精魂込めて作った商品やサービスを消費者に届けようとしている。一旦はリーチが作れたとしても長続きするとは思えない。本当に自分たちの商品やサービスに自信があり、消費者に届けたいという熱意があるのであれば、自分で語り視聴者と交わるべきだ。それが正しいネット上のコミュニケーションなのではないか」(山田氏)
現在のインフルエンサー・マーケティングは、対価をもらって企業の代わりにインフルエンサーが商品やサービスの発信者になることで、その情報発信に対する責任を全て引き受ける。こうした現状に対して、「そうではなく、インフルエンサーはセルフプロデュースやネット上での立ち振る舞いに対するノウハウを提供し、企業が自立したデジタルコミュニケーションを推進できるように支援するのがあるべき関係なのではないか」と山田氏は提言した。
「このままではインフルエンサー・マーケティングは“焼き畑的”に力のあるインフルエンサーから使い倒され、疲弊していくのではないか」(一ノ瀬氏)
現在、デジタルマーケティングの世界では、高価な出演料を支払って人気YouTuberやインスタグラマーなどに商品やサービスのPRを依頼したり、データとアドテクノロジーを駆使してユーザーに嫌煙される広告をあちらこちらに配信している。こうした現状は、ネットユーザーを“個人”としてではなく“マス”として数字で捉えていることを如実に表わしているとも言える。しかし、重要なのは企業自身が情報発信の主体として世の中の支持・信頼を得てファンを獲得していくことで、マーケティング・コミュニケーションの質を高めていくことなのではなかろうか。
商品やサービス、ブランドを“バズらせ”る方法はあるのか
そしてもうひとつ、この番組には重要なメッセージが込められている。それは、“多くの人に支持されるインフルエンサーになるためのテクニックは存在しない”ということだ。「バズらせ~人気者になる方法教えます~」という番組タイトルに何かを期待した方にとってはガッカリするかもしれないが、小手先のテクニックでネットユーザーの態度変容を生み出せるほど、ネットは甘くないという“デジタルの本質”を伝えたいのだ。
「この番組で伝えたいことは、例えば不老長寿の薬を求めていたら実は大事なことは早寝早起きだったというように、“バズらせるためのテクニック”などという魔法の杖のようなものは存在しないということ。大事なことはひとつひとつネットユーザーとの対話を積み重ねることで、着実に結果が生まれていくことであり、努力を重ねることでファンや仲間が増えていくという成功体験を参加者に提供したい」(山田氏)
「このプログラムではインフルエンサーはあくまでメンターであり、インフルエンサーが参加者の人気獲得のために情報発信を手伝うということはない。インフルエンサーが伝えるのは、どんな姿勢でどこに向かって走るべきかという道標であり、結果を出すためには、自身が出演する番組というプラットフォームを使って、工夫、苦労、学び、交流を積み重ねることが必要」(一ノ瀬氏)
山田氏、一ノ瀬氏の話の中に度々登場する「姿勢」という言葉。企業にとって、消費者に対して真摯な姿勢で向き合うことは当たり前だと考えているかもしれないが、実際のところはどうだろうか。企業はブランディングをするために自分たちを良く見せようと繕い、消費者に悪い印象を与えないようにとダメな部分には蓋をする。しかし、そうした“脚色”がネットユーザーに見透かされると、共感を得るどころか反感すら待っているかもしれない。ネットユーザーに対して企業がどういう姿勢で向き合うかを考えることは、今までの企業の消費者に対する姿勢そのものを見直すことにもなるのではないだろうか。
「重要なのは、この番組を通じて発信する担当者が嘘をついたり、脚色をせずにありのままを発信していく癖をつけること。嘘くさく見えてしまう“良く見せたい”と思ってきた企業や担当者が“殻”を破って裸になることが大事であり、担当者の心の入っていない情報発信に共感は生まれない。むしろ、ちょっとした失敗でさえコンテンツになり、エンゲージメントが生まれるのではないか」(山田氏)
「例えば、セルフプロデュースをしっかりしている10代、20代の若いインフルエンサーは、数年もすれば企業の顧客の中心になる。現状は、企業のほうがネット上でのコミュニケーションに関するリテラシーが低い状態。最低限、企業のマーケティング・コミュニケーションを担う人は、現在のインフルエンサーの思考を理解し共創可能なレベルまで成長しなくてはいけない」(一ノ瀬氏)
苦労して、工夫して獲得したファンは、宝物になる
今回のプログラムは、2月26日のネット生配信で参加者がどのような努力や失敗をしながらファンを獲得したのかという結果を発表し、一旦の終了を迎える。参加者はインフルエンサーのアドバイスを受けながら試行錯誤を続けており、その中で他のソーシャルアカウントなどとのコラボレーションが自然発生的に起きるなど、化学反応は既に起き始めているという。ただ山田氏は今後について「この番組にとどまらず、その先に繋げていくことが重要だ」と語る。「このプログラムでファンを増やすための素地ができれば、その後も伸ばしていける」(山田氏)
このプログラムを通じて参加者が獲得したファンは、インフルエンサー・マーケティングで“買った”ファンでなく、努力と試行錯誤の中で参加者のことを気に入って応援したいと思ってくれた“本当のファン”だ。そのファンとのコミュニケーションを育んでいくことで、参加者たちはインフルエンサーになるための大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。「苦労して、工夫して獲得したファンは宝物になるはずだ。簡単にやめたりできるものではない」(山田氏)
そして、一ノ瀬氏はこのプログラムの今後について、「今後はこの番組そのものをプログラムとして企業に提供していきたい。例えば、広報向けトレーニングプログラムと番組を一体化したコンテンツとして展開することで、企業にとっても視聴者にとっても有益なプログラムにすることができれば」と語る。このプログラムが企業のマーケティング・コミュニケーションの在り方をどのように変革していくのか。今後の展開に期待したいところだ。