ロードスターを打ち上げることは可能?
はたして、火星に向けてテスラ・ロードスターを打ち上げることは本当に可能なのだろうか?
まずファルコン・ヘヴィは、火星に向けて最大約17トンもの打ち上げ能力をもつ。今回の初打ち上げではブースターとコア機体を回収することになっているので、打ち上げ能力はこれより大きく下がるが、テスラ・ロードスター(初期型)の車重は約1.3トンなので、打ち上げることはわけない。
ただ、自動車をそのまま宇宙に打ち上げると、タイヤやエアバッグなどが爆発したり、バッテリーが破裂したりし、地球を飛び出した直後にデブリ(宇宙ゴミ)になってしまう。そのため、こうした部品は取り外すか、宇宙用にダミーの部品を装着する必要がある。実際にスペースXがどのように対処したのかは不明だが、公開された写真を見る限り、車の外見はほぼ原型をとどめていることがわかる。
また、火星に探査機などを打ち上げる場合、宇宙空間研究連絡会議(COSPAR)の取り決めにより、いくつかの制約が設けられている。たとえば火星に着陸する場合は、地球の微生物などを持ち込まないよう滅菌処理する必要があるし、火星周回軌道に入る場合は、打ち上げから20年以内に火星に落下する確率を1%以下にしなければならない。
ただ、今回ロードスターは、地球・火星間のホーマン遷移軌道にとどまり続けるため、火星の公転軌道には接するものの、着陸はもちろん周回軌道にも入らない。火星に近づくことすら稀だろう。この場合、COSPARの取り決めは問題にはならない。
『Space Oddity』を流すという話も、無音を承知で宇宙で流すなら問題にはならない(もっとも、カーステは真空に晒した途端に壊れるので、取り外される可能性が高い)。電波を使って地球に向けて流すとしても、通常の火星探査機の通信のように、所定の手続きに従って電波使用の申請を出せば可能である。公開された写真からはアンテナのようなものは見えないが、実際にどうなるかは今後の情報を待ちたい。
つまり、車だろうがなんだろうが、宇宙で問題が出ないようにした(つまりただの重りにした)状態で打ち上げるのなら問題になることはなく、火星に飛ばしたり電波を使ったりする場合も、普通に探査機を飛ばすのと同じ手続きを踏めば問題にはならない。
批判と期待
この発表が多くの驚きと賞賛をもって受け止められた一方で、「もっと役に立つものを飛ばせばいいのに」という批判もなされた。
たとえば英国の太陽物理学者Ian O’Neill氏は、Twitterで「なにか別のアイディアはなかったのか。もっと価値のあること――たとえば科学観測機器や超小型衛星を載せたり、そのプロジェクトに学生を参加させたりすべきだったのでは」と苦言を呈している。他にもマスク氏にそうした批判、呆れのコメントを投げかける人は少なくない。
失敗する可能性があるとはいえ、火星にものを打ち上げられる機会は限られていることから、ロードスターよりも、科学的に意味のある探査機を積んだり、学生に経験を積ませたりするほうが有益だというのは筋のとおった意見であろう。また、スペースXがロードスターを打ち上げるために使った時間やお金、労力を使えば、その代わりに火星探査機を造ったり、そのプロジェクトに学生を参加させたりすることも十分に可能だったはずである。
ただ、これがNASAなど国の機関のプロジェクトであればまだしも、いち民間企業が、補助金が入ったり国の施設を使用したりしているとはいえ、ほとんど自力で造り上げたロケットの打ち上げであるからして、マスク氏やスペースXがどう考えていようと、なにをどこに打ち上げようと、それが法や倫理に反しない限りは自由である。したがって、こうした批判は、筋は通っていても、実際のところあまり意味をなさない。
また、ロードスターを宇宙に打ち上げることは、スペースXにとっても、そしてテスラにとっても宣伝になることは間違いなく、民間企業にとってその価値は大きい。すでにこれまでに多くのメディアで取り上げられ、打ち上げ前から宣伝効果は抜群である。
さらにユーモアを愛する彼にとって、「ただの重りでは退屈」、「なにかおもしろいものを打ち上げたい」という発言は紛れもなく本心であることも間違いないだろう。そして、少し形が変わっているとはいえ、ロードスターも立派な重りであることも間違いなく、大義名分となる。
はたして打ち上げられたテスラ・ロードスターは宇宙でなにをするのか、そもそもファルコン・ヘヴィはちゃんと飛ぶのか。その答えがわかる初打ち上げは、12月23日現在、2018年1月に予定されている。
宇宙に打ち上げられた変わったもの
ところで、車のような、宇宙におおよそ打ち上げられるはずもないものが打ち上げられたこと、あるいは打ち上げが計画されたことは、実は今回のロードスターの話が初めてというわけではない。
たとえば米国のセレスティス(Celestis)やエリジウム・スペース(Elysium Space)といった企業は、宇宙に遺灰を打ち上げる「宇宙葬」のサービスを展開している。これまでに多くの故人の遺灰がすでに打ち上げられ、月探査機に載って月にまで到達した例もある。
2014年には、多摩美術大学と東京大学が開発した、「ARTSAT2-DESPATCH」という、茶色いソフトクリームのような彫刻作品を身にまとった小型衛星が打ち上げられている。通信機能などは搭載されていたが、そもそもこうした彫刻作品を宇宙に飛ばすということが目的のひとつとして掲げられていた。
さらに2013年には、テレビドラマ「ドクター・フー」に登場する電話ボックス型のタイムマシン「ターディス」の形をした衛星を打ち上げようという計画もあった。これは2013年が、「ドクター・フー」の放送開始から50周年を迎えることにちなんだもので、同作のファンらがキックスターターで資金調達を行い、それなりの額が集まったようだが、現在は目立った動きは見られず、頓挫してしまったようである。
これ以外にも、いわゆる"普通"の、通信や地球観測、探査などを目的とした衛星とは異なる、ちょっと変わった衛星が打ち上げられたり、計画されたりした例はいくつもある。
そうした流れから見れば、ロードスターを火星へ向けて打ち上げるというのは、もちろん規模こそ大きいものの、前代未聞の話というわけではない。
むしろ、これからロケットの打ち上げコストが下がり、宇宙にものを打ち上げることへのハードルが下がれば、このような従来の常識から外れた衛星、つまりマスク氏が言うところの"くだらないもの"が打ち上げられる機会は、さらに拡大することになろう。
もちろん、法律やガイドライン、節度や倫理は守られるべきだが、宇宙が遊び場のような場所になってこそ、人類は真の意味で「宇宙に進出した」といえるのではないだろうか。
参考
・Elon Musk(@elonmusk)さん | Twitter
・Falcon Heavy | SpaceX
・SpaceX will attempt to launch a red Tesla to the red planet [Updated] | Ars Technica
・Tesla - Roadster | www.teslamotors.com
・Home - Tardis In Orbit
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info