火星へ向けて、1台の電気自動車を打ち上げる--。
いまをときめく宇宙企業スペースXを率いるイーロン・マスク氏は2017年12月2日、突如としてこんな発言を行い、多くの人を驚かせた。
打ち上げに使うのは、同社が開発中の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」。その初の打ち上げで、この"最高にくだらないもの"(マスク氏談)を宇宙に送り込むのだという。
はたしてこの発言は真実なのか? そして、こんな突拍子もない計画を実現しようとする、マスク氏の狙いはいったいなんなのだろうか?
超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」
ファルコン・ヘヴィ(Falcon Heavy)は、スペースXが開発中の超大型ロケットで、完成すれば現在運用中のロケットの中で最も強大な打ち上げ能力--歴史的にみてもアポロの「サターンV」ロケットなどに次ぐトップクラスの打ち上げ能力--をもつロケットになる。
同社では、大型の静止衛星や、月・惑星探査機の打ち上げに使うことを狙っており、すでに大型の通信衛星や、月への有人飛行に使うことが予定されている。
スペースXは現在、大型ロケットの「ファルコン9」を運用しており、40機以上の打ち上げ実績をもつ。ファルコン・ヘヴィは、このファルコン9を3機束ねるようにして構成されている。既存のロケットを流用することで、開発費も運用費も安く抑える狙いがあった。
ただ実際には、そう簡単にことは運ばず、ファルコン9からファルコン・ヘヴィにするにあたってはかなりの改良が必要だったという。マスク氏は今年7月に、「たんに3機のファルコン9を合体させるだけでは済まず、はるかに複雑でした」と語っている。
たとえば、ファルコン9の第1段には9基のロケットエンジンが装備されており、その機体を3機束ねるということは、ファルコン・ヘヴィのエンジン数は合計27基にもなる。それだけの数のエンジンを同時に点火させ、ロケットを安全に発射台から離昇させ、そして飛行させるのに必要な制御技術の開発は相当に困難だったという。
また、機体の構造にも大幅な改良が必要だったといい、さらに、ファルコン・ヘヴィほど巨大なロケットがどのように飛ぶのかはシミュレーションすることが困難であり、実際に飛ばしてみないとわからないところもあるという。そのためマスク氏は「ファルコン・ヘヴィの初飛行が失敗に終わる可能性は十分あります」と語っている。
ファルコン・ヘヴィを開発するという計画は2011年4月に明らかにされ、当時は2014年にも打ち上げを始めると語られた。しかし実際には約4年遅れ、現在のところ初打ち上げは2018年の1月に予定されている。
ファルコン・ヘヴィに積む「最高にくだらないもの」とは
このファルコン・ヘヴィの初の打ち上げで、いったいなにを積んで宇宙に送り込むのかということは、長い間、議論の的だった。
ロケットはペイロード(衛星)を積んだ状態で正常に飛ぶように設計されているので、空荷では打ち上げられない。かといって、新しいロケットの初打ち上げは失敗する可能性があり、とくに前述のようにファルコン・ヘヴィはその可能性が高いことから、いきなり本格的で高価な衛星を積むのはリスクが大きい。
そのため、なんらかの重り、あるいは簡素な衛星が載るとは想像できたが、ファルコン・ヘヴィに載せる以上、それは相当に大きなものになることは間違いなかった(たとえば現時点で世界最大のロケットである「デルタIVヘヴィ」の初打ち上げでは、質量6020kgもの円筒形をした金属製のただの重りと、学生などが開発した小型衛星が搭載された)。
マスク氏は今年4月、ファルコン・ヘヴィの初打ち上げの積み荷について問われた際、「考えられうる限り、最高にくだらないもの!(Silliest thing we can imagine!)」と語り、さらに多くの人々の想像をかき立てた。
ちなみにスペースXは、2010年にドラゴン補給船を初めて打ち上げたとき、秘密裏に船内に巨大なチーズを搭載し、ドラゴンが地球に帰還したあとにその事実を公表したことがある。これはマスク氏が好きな、モンティ・パイソンのスケッチ(コント)「チーズ・ショップ」にちなんだものだった。こうした"前科"があったことから、ファルコン・ヘヴィの積み荷にも注目が集まっていた。
そして、打ち上げを間近に控えた12月2日、ついにその積み荷の正体が明らかになった。それは、マスク氏が手がけるもうひとつの事業、電気自動車のテスラ(Tesla)が販売している電動スポーツカー「テスラ・ロードスター」(Tesla Roadster)だと言うのである。
テスラ・ロードスター、火星へ行く
テスラ・ロードスターは、テスラが2008年から販売している電動のスポーツカーで、ロータス・エリーゼなどを基にしたスタイリッシュな外見で、1000万円近い価格でありながら、著名人をはじめ世界中で売れ続けている。
ファルコン・ヘヴィに搭載されるのはそのうちの1台、マスク氏が自ら所有する、初期型のミッドナイト・チェリー色(赤色)のロードスターである。
マスク氏によると、ファルコン・ヘヴィの先端に載ったロードスターは、打ち上げ後、火星へ向けて飛行する。
マスク氏はこの突拍子もないことを行う理由について「一般的に、新しいロケットの試験飛行では、コンクリートや金属の重りが搭載されます。しかし、それは絶望的なまでに退屈なことです。そこでなにか変わったもの、気分がよくなるものを打ち上げることにしました」と語る。
カーステからデヴィット・ボウイの名曲『Space Oddity』を流しながら、テスラ・ロードスターは火星の軌道まで到達する。ただし火星に着陸したり、周回軌道に乗ったりはせず、火星軌道と地球軌道とを結ぶような軌道(言葉を変えれば地球・火星間のホーマン遷移軌道)にとどまり、太陽を周回する人工惑星となって、深宇宙を約10億年にわたってさまようことになるという。
マスク氏は「1台の車が、宇宙を果てしなく漂い、もしかしたら何百万年後に宇宙人によって発見されるかもしれない--なんて、考えるだけでうっとりするね」と語り、またファンからの質問に答える形で「ダッシュボードには『銀河ヒッチハイク・ガイド』を入れないとね。あとタオルと、『あわてるな』という文字も書かないと」、「アシモフの『ファウンデーション』も持っていかないと」などと続けた。
この発言がはたして本当なのか、それとも冗談なのかは、筆者を含め多くの人が悩んだ。だがその後、スペースXに取材したところ、匿名を条件に、「本当だ」との回答を得ることができた。
それでも筆者を含め、多くの人はまだ半信半疑だったが、12月22日には、打ち上げに向けて準備中のテスラ・ロードスターの写真が公開され、もはやロードスターが宇宙に行くことは疑いようもない、決定的なものになった。
ちなみにマスク氏は以前、このファルコン・ヘヴィの初打ち上げで、第2段機体の回収を試みると発言していた。同社ではファルコン9の第1段機体を回収、再使用することが通常運用となりつつあるが、第2段やフェアリングも回収、再使用できるようにし、さらなるコストダウンにつなげたいと考えている。
ただ、公開された写真からは、ロードスターは第2段の上に直接搭載されており、これは第2段の噴射によって火星に向かう、すなわち第2段も火星軌道に向けて飛行するということを意味する。そのため第2段の回収は諦めたものと考えられる。
もっとも、第2段の回収を完全に諦めたのか、それとも2号機以降の打ち上げで試みるのかはわからない。