商業打ち上げでも活躍するPSLV

PSLVは、インドに自力で実用衛星を打ち上げる能力をもたらしただけでなく、国内外の機関や企業などから注文を受けて衛星を打ち上げる「商業打ち上げ」でも大きな存在を示している。

たとえば運用1号機となった1999年の5号機では、メインとなるISROの海洋観測衛星に加えて、ドイツと韓国の小型衛星を搭載して打ち上げており、その後もフランスやドイツ、イタリアなどといった欧州や、米国などの機関や企業、大学の衛星を中心に、これまでに28の国々の、209機もの小型・超小型衛星を宇宙へ打ち上げてきた。

このPSLVの"お得意様"の中には日本も含まれており、2008年には東京工業大学や日本大学が開発した超小型衛星などを、2012年には大阪工業大学の超小型衛星を打ち上げており、今年6月にはキヤノン電子が開発した50kg級の小型衛星「CE-SAT-I」も打ち上げている。

また今年2月には、一度に104機もの小型・超小型衛星を打ち上げ、1機のロケットで打ち上げた衛星数の世界記録をも樹立している。

PSLVが商業打ち上げでこれほどの成功を収めたのには、世界の他の小型、中型ロケットより比較的安価であること、さらに104機もの衛星を一度に打ち上げたことからもわかるように、超小型衛星を複数搭載、放出できる専用の装置(ディスペンサー)が用意されていること、またPSLVの商業打ち上げの窓口として、民間企業アントリックス(Antrix)があることなどが挙げられる。

小型・超小型衛星の開発は世界中でブームにはなっているものの、せっかく開発できても、その衛星を宇宙へ送り込むために多額の資金が必要だったり、好きなときに好きな軌道へ自由に打ち上げられなかったりと、さまざまな制約がある。最近では米国を中心に、小・超小型衛星を打ち上げることに特化した超小型ロケットの開発も進んでいるが、まだ実用化されているものはない。

その点PSLVは、比較的安価であることだけでなく、メインとなる衛星が低軌道や太陽同期軌道など、超小型衛星の運用に比較的適した軌道へ打ち上げられることが多いこともあり、小型・超小型衛星のユーザーにとって手頃で使いやすいロケットであることも大きい。

PSLVは今年2月、一度に104機もの小型・超小型衛星を打ち上げた実績をもつ (C) ISRO

PSLVから放出される超小型衛星たち。白く見える点はすべて衛星である (C) ISRO

インドの衛星測位システムや宇宙ビジネスに影響か

今回の打ち上げ失敗は、PSLVそのものにとってはそれほど深刻ではないかもしれない。しかし、PSLVを使った宇宙ビジネスやISROの宇宙開発にとっては、大きな痛手となる可能性がある。

前述のように、失敗の理由はフェアリングが開かなかったことにあり、ロケットの肝であるロケットエンジンなどで発生したものではないこと、またこれまでの打ち上げでは正常に動いており、今号機に限ったトラブルであることなどから、原因究明や対策などはまだ容易なほうだと考えられる。したがって、比較的早いうちに打ち上げが再開されることになろう。

しかし、それでも今回の失敗と、今後しばらく打ち上げが止まることによる影響は大きい。

今回打ち上げられたIRNSS-1Hは、インドが構築を進めている、インド周辺限定の衛星測位システム「IRNSS」(Indian Regional Navigation Satellite System)を構成する衛星の1機となる予定だった。IRNSS衛星はこれまでに、サービス開始に必要となる7機すべてが打ち上げられており、2018年から本格的な運用開始を目指していた。また2016年2月には、予備機となる4機の衛星を追加で打ち上げることも発表されている。

しかし2016年6月、2013年に打ち上げられた1号機の「IRNSS-1A」に搭載されているルビジウム原子時計のひとつが故障。さらに2017年までに、2基の予備を含む3基すべての原子時計が故障し、測位衛星として役に立たなくなってしまった。ちなみにこの原子時計はインド製ではなく、スイスのスペクトラタイム(Spectratime)という企業が製造したもので、同型のものが欧州の衛星測位システム「ガリレオ」の衛星にも搭載されており、やはり過去に同様のトラブルを起こしたことが報告されている。

今回打ち上げられたIRNSS-1Hは、この故障したIRNSS-1Aの代替機となる予定だったが、打ち上げ失敗によりそれは叶わず、また"代替機の代替機"となる衛星の打ち上げ時期がさらに先に延びることを考えると、2018年に予定されていたIRNSSのサービス開始に影響が出ることは間違いない。

また、PSLVは今年だけでも、IRNSS-1衛星だけでなく、小惑星の資源採掘を目指す米国の企業プラネタリー・リソーシズ(Planetary Resources)の試験衛星をはじめ、米国や欧州、韓国などの小型・超小型衛星も打ち上げる予定だった。これらの打ち上げが数か月~年単位で延びること、さらに来年以降に予定されている打ち上げにもドミノ倒しのように影響が出ることは避けられそうもない。

IRNSSの概念図。静止軌道と傾斜対地同期軌道に投入された7機の衛星からなるシステムである (C) ISRO

打ち上げ準備中のIRNSS-1H (C) ISRO

民間の月探査レースにも暗雲か

さらに、米国のXプライズ財団が開催している月探査レース「グーグル・ルナ・Xプライズ(Google Lunar XPRIZE:GLXP)」への影響も懸念される。

グーグル・ルナ・Xプライズは、民間企業や団体が自力で月探査機を開発し、実際に月にへり込み、探査車を走行させたり、写真や映像を送ったりといったミッションをクリアしたチームに賞金が出るというもの。ただし、期限は2018年3月31日までと定められており、もうあと半年ほどに迫っている。

現在、米国の「ムーン・エクスプレス」(Moon Express)、イスラエルの「チーム・スペースIL」(Team SpaceIL)、国際チームの「シナジー・ムーン」(Synergy Moon)、そしてインドの「チームインダス」(TeamIndus)と、日本の「HAKUTO」(ハクト)が挑戦しており、それぞれ開発や試験などが大詰めを迎えている。

このうちチームインダスとHAKUTOは、競争相手ながらパートナー関係でもあり、HAKUTOが開発する月探査車は、チームインダスの着陸機に搭載されて月に送り込まれることになっている。そして、この月探査機を打ち上げ、月へ送り込むためのロケットとして、PSLVを使うことが予定されている。

今回の打ち上げ失敗以前には、打ち上げ日は今年の12月28日、あるいは来年(2018年)の第1四半期に予定されていた。しかし今回の失敗により、原因究明と対策に数か月かかること、打ち上げから月到着まで1か月ほどかかることなどを考えると、来年3月いっぱいというレースの期限に間に合わなくなる可能性も出てきた。

今回の失敗を受けて、チームインダスは「今回の問題は、フェアリングの火工品まわりの回路で起きたと考えられ、その他の部分はすべて正常に動いていました。そのため、今後の私たちの打ち上げへの影響はごくわずかだと予想しています。ISROにはすばらしい打ち上げ実績があり、今回の失敗の原因と解決策を見つけ出し、短期間で乗り越えることができると確信しています」という声明を発表し、レースの期限内の打ち上げに期待をみせている。

実際のところ、期限まで半年とせまった今、他のロケットに乗り換えることは事実上不可能であり、チームインダスとHAKUTOは、PSLVの打ち上げが一刻も早く再開されること、また他の打ち上げ予定を前後させるなどして、両チームの月探査機の打ち上げが期限内に行われるよう配慮がなされることに期待するしかないだろう。チームインダスはインドのチームであることや、ISROやアントリックスの関係者も参加していることなどから、そうした配慮が行われることにも期待はできるが、いずれにしても、それまでにPSLVの打ち上げが再開できる状態になっている必要がある。

また、グーグル・ルナ・Xプライズに参戦する他のチームも、期限までに打ち上げができるかは不透明な状況にある。ムーン・エクスプレスが使うロケットも、またシナジー・ムーンが使うロケットも、まだ一度も宇宙に飛んだことがなく、期限までに打ち上げができる保証もなければ、ロケットの信頼性もない。チーム・スペースILは、一定の信頼性をもつ米スペースXの「ファルコン9」を使う予定で、すでに契約も済ませているというが、ロケットのスケジュールの都合などから、打ち上げは2019年ごろになるとされ、レースの期限に間に合わない可能性が取り沙汰されている。その点、信頼性のあるPSLVを使うチームインダスとHAKUTOには一日の長があったが、今回の失敗で優位が消えたばかりか、打ち上げができるかすらわからなくなった。

つまりどのチームも月に降り立てないどころか、地球から飛び立てすらしない可能性があり、グーグル・ルナ・Xプライズがレースとして成立しないまま、終わりを迎えることになるかもしれない。

それを避けるためには、グーグル・ルナ・Xプライズが期限を延長することを決める必要があるが、今のところそのような動きはない。また、実はこれまでも期限は何度も延長されており、以前には「これ以上の延長はない」とも語られていることから、あまり期待はできそうにない。

チームインダスの月着陸機。ここにチームインダスの探査車と、日本のHAKUTOの探査車が搭載され、PSLVで打ち上げられた後、月に着陸。探査車を送り出す計画である (C) Teamindus

HAKUTOの月探査車 (C) HAKUTO

日本のイプシロン・ロケットにとってはチャンス

さらに、高い信頼性をもち、商業打ち上げでも活躍しているPSLVが失敗したことは、今後の小型・超小型衛星の打ち上げ市場に、いくらかの影響を与えることになるかもしれない。

PSLVと同性能のロケットには、ロシアの「アンガラー1.2」(Angara 1.2)や、またロケットそのものの性能には若干の差はあれど、数百kg~数十kg級の小型衛星の打ち上げを得意とするロケットには、欧州の「ヴェガ」(Vega)、日本の「イプシロン」、米国の「トーラス」(Taurus)などがある。

これらのロケットのうち、イプシロン以外はすべて商業打ち上げサービスを提供しており、近年の小型・超小型衛星の打ち上げ需要の高まりもあって、シェア拡大の機会を虎視眈々と狙っている。今回のPSLVの失敗を受け、PSLVによる打ち上げを予定していた、あるいは検討していた衛星会社のいくつかは、信頼性や打ち上げスケジュールの遅延を懸念し、PSLVから他のロケットに乗り換えることになるかもしれない。

中でも有力なのはヴェガであろう。打ち上げ価格はPSLVよりやや高いものの、PSLVより新しい機体で性能や能力も高く、またこれまで10機中10機すべてが打ち上げに成功しており、成功率や信頼性も高い。なにより、ロケットの商業打ち上げで世界トップの実績をもつアリアンスペースが運用していることもあり、その点の信頼も厚い。

残念ながら日本のイプシロンは、運用がまだ民間に移管されておらず、商業打ち上げサービスを提供していないこと、実績も少ないことから、PSLVからの受け入れ先としての魅力は乏しいかもしれない。しかし、性能や価格面でのポテンシャルは十分に高いはずであり、また今後年1機ほどのペースでの打ち上げが予定されていること、さらに小型・超小型衛星の複数打ち上げも計画されており、そのためのディスペンサーの開発も進んでいることなどから、可能性がないわけではない。

今後、イプシロンが国際的な商業打ち上げ市場でのシェア拡大を目論むのなら、この数年以内に運用をどうするのかを決め、実行に移すことが重要になろう。PSLVが今回の失敗を乗り越えて打ち上げを再開すれば、しばらく失敗は起こりにくくなり、また実績もふたたび積み上がり始める。敵失に乗じる形にはなってしまうが、今が大きなチャンスである。

欧州のアリアンスペースが運用する「ヴェガ」ロケット (C) Arianespace

日本の「イプシロン」ロケット (C) JAXA

参考

PSLV-C39 Flight Carrying IRNSS-1H Navigation Satellite Unsuccessful - ISRO
PSLV-C39/IRNSS-1H Brochure - ISRO
PSLV - ISRO
Milestone Prizes | Google Lunar XPRIZE
In @ISRO we trust! - TeamIndus Telemetry - Medium

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
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