一方で、米国のデジタルマーケティングで最近増加傾向にあるのが、企業そのものが自社で番組コンテンツを制作し、専用アプリやApple TVなどテレビ用セットトップボックス(STB)を通じて視聴者に配信するというもの。つまり、企業自身がコンテンツを視聴者にデリバリーする放送局の役割を果たそうというものだ。
例えば、米国ホームセンター大手のLowe'sは、Apple TV向けに専用アプリ「Lowe's TV」を制作。DIYに関する30分ほどの番組を配信しており、数十万の視聴者を獲得しているのだという。「番組制作に関する新たなノウハウが必要になるが、これまでは莫大な資金でテレビのスポンサー枠を買っていたものが、今は自らが番組を作ってファンに向けて配信している」とメンデルス氏は語る。
こうした動きの背景にあるのは、映像配信に掛かるコストの大幅な削減だ。かつては大規模なサーバと通信インフラを用意して映像コンテンツを配信するには莫大な投資を必要としたが、技術の普及によるコストの低価格化によって、そのハードルが大きく下がっているのだ。
この点についてメンデルス氏は「放送事業者になろうとした場合、10年前には1000万ドル(約10億円)の投資が必要だった。5年前にストリーミング専門のネット放送局を作ろうとしても100万ドル(約1億円)の資金を必要とした。今では1万ドル(約100万円)くらいあれば実現できる。それだけ企業にとってのハードルは下がっている。Lowe'sも数年前には放送局をやろうという気はなかったはずではないか」と語る。
こうした動きは、既存のテレビ局の枠組みにとらわれずに自由に番組を作り配信することでファンを拡大するという、破壊的イノベーションを作るチャンスを示唆しているのではないだろうか。
「このシチュエーションはインターネットが登場したときに似ている。インターネットの登場によって、低コストで雑誌や新聞のようなメディアを立ち上げたり、商売をはじめたりすることができるようになった。それと同じ状況だ」(メンデルス氏)
そもそも、企業というのは動画コンテンツの源となるアセットの宝庫だともいえる。数多くのナリッジを抱えており、メーカー企業であればモノづくりの現場という強力なコンテンツも持つ。アイデア次第ではアウトプットできるアセットは豊富にあり、そこに大きなオポチュニティがあるのではないだろうか。加えて、ネット動画はテレビの番組ほど細かく造り込む必要がないという“インフォーマルさ”も活かしていけると言えるだろう。
「今は短い時間のインスタントなビデオを撮ったり楽しんだりする文化が拡大している。撮りたいときに手元のスマートフォンで撮ってネットに公開する。こうした楽しみ方が企業の動画コンテンツ制作に入っていくこともあるのではないか。ちなみにBrightcoveでも、新製品のプレゼンテーションや基調講演で放映するVTRは社内のプロフェッショナルが制作しているが、営業担当の若手社員はウェブカメラやスマートフォンを使って製品紹介などのインフォーマルな形の動画を作って営業に活用している。スタジオも使わずに編集もしない。しかしテキストで伝えるよりも多くのことを伝えることが可能だ」とメンデルス氏。
企業がオウンドメディアに自社の動画アーカイブを公開して消費者に提供している取り組みは既に日本国内でもいくつかの企業が展開しており、これから面白いアイデアで動画コンテンツを展開する“企業放送局”が今後どんどん増えていくことを期待したいところだ。ここで重要なのは、企業が持つアセットをどのように動画にアウトプットすれば消費者とのエンゲージメントが高まるかという視点でコンテンツの中身やデリバリーの方法を企画することであると言えるだろう。