CNESから提供される3つの世界最先端

今回のJAXAとCNESとの協力の実施取り決めにより、CNESはMMXに対して、大きく3つの、世界最先端の技術を提供する。

1つ目は「MacrOmega」と名付けられた近赤外分光計である。この装置は観測対象から出る近赤外線を分光観測することによって、氷や、あるいは水が含まれる鉱物(含水鉱物)を調べることができる。

開発はIASが担当し、それをCNESが提供するという形になる。IASは、近赤外分光計の開発において世界一の技術をもっており、欧州とロシアが打ち上げた火星探査機「エクソマーズ」などにも搭載され、その実力は折り紙付きである。

さらに、開発を担当するビブリング博士は「今回MMXに搭載しようとしているのは、他のミッションに使ったものよりも、10倍から100倍も感度の高い分光計です」と語る。

「過去に、彗星探査機『ロゼッタ』や『フィラエ』のミッションを経験してわかったことは、ある機器を設計するとき、着手したときにはまだ出てきていないような問題や質問にも答えられるようにしなければならない、ということです。この探査機が火星の衛星に到着したときには、新しい発見や情報によって、それまで考えられていた問題意識が大きく変わることがありえます。ですから、MMXのための機器は既存のものではなく、5年後、8年後を見据えた、将来に対応できる機器を開発しなければなりません」。

この過去に類のない高性能な分光計によって、火星の衛星の全体を、非常に高い精度で観測することを目指す。

2つ目は、火星の衛星付近での複雑な軌道制御の技術である。フォボスやダイモスは火星のまわりを回っており、さらにそれぞれのもつ重力は小さい。そのような天体の近くを飛行し、さらに着陸するための軌道を設計し、実際に運用をするためには、きわめて複雑で高い技術力が要求される。

その分野において、CNESは彗星のまわりを回りながら探査したロゼッタや、彗星に着陸したフィラエの運用を通じて必要な技術をもっており、その知見がMMXにも活かせると考えられている。

そして3つ目は小型着陸機の提供である。CNESはこれまで、ロゼッタに搭載されたフィラエや、「はやぶさ2」に搭載されている「MASCOT」など、小型の着陸機の開発や運用で多くの実績をもっている。そこでMMXにも同様の小型着陸機を搭載し、探査や、MMX本体の着陸地点の手助けを行うことが考えられている。

CNESのル・ガル総裁は、今回のJAXAとCNESの関係について「完全に補完できる関係」と表現する。JAXAはCNESにはない、単独で探査機を開発して打ち上げる技術や、惑星間の往復航行技術をもっており、一方CNESはJAXAにはない、世界一の観測機器や軌道、小型着陸機に関する技術をもっている。だから両者が手を結べば、お互いの苦手なところを補完し、そして強みを最大限に活かした宇宙探査が可能になるという。

CNESも重要な役割を担った、欧州宇宙機関(ESA)の彗星探査機「ロゼッタ」と「フィラエ」 (C) ESA

現在宇宙を航行中の「はやぶさ2」に搭載されている小型着陸機「MASCOT」にも、CNESが参加している (C) CNES