ユーザー参加型プロジェクトの課題
良いこと尽くめのように思えるユーザー参加型の研究プロジェクトだが、当然ながら課題もある。
メディア・コミュニケーション学が専門の同志社大学社会学部 阿部康人助教は、「Safecast」「こどもみらい測定所」など、環境放射線測定を実施するユーザー参加型のプロジェクトについて研究を行っている。Safecastは、福島原発事故を受けて形成された団体で、放射線計測をユーザー自身の手で行えるよう、ガイガーカウンターの低額化、標準化、大量生産に成功。大量のデータを集めることに成功している。また、こどもみらい測定所は、「放射線見える化プロジェクト」と題して、高性能の空間線量計「ホットスポットファインダー」を使って各地の空間線量を計測している。
こういった活動を通して放射線を測定した一般の人たちが、どのようにその情報を発信し、コミュニケーションをしているかというところに着目して調査を行う阿部氏は、「参加者の関心の持続性や、『科学者・専門家に任せておけばよい』という考えが課題となってくる」と指摘。また活動資金などについても考えていく必要があるという。
総合地球環境学研究所 研究基盤国際センター 近藤康久准教授は、温暖化や食料問題などの課題解決型の文理融合プロジェクトを進めている。社会課題を解決するためには、外部の専門家(研究者・プロボノなど)、現場の当事者(事業者・生活者など)、橋渡し人材(サイエンスコミュニケーター、エヴァンジェリスト、データライブラリアンなど)といった社会のさまざまなアクターが協働する必要があると語る近藤氏。琵琶湖湖面に大量繁殖した水草を除去するためのプロジェクトを例に、「地域の住民をどう取り込んでいくかが重要。またオープンサイエンス実現に向けた最大の障壁は、不完全なデータをオープンにしたくないなど研究者の不安感。これらを解決するために、オープンサイエンスのエヴァンジェリストを育成する必要がある」と説明した。
また、スマートフォン・タブレット顕微鏡を活用した中学・高校生向けのワークショップを開催している総合研究大学院大学 永山國昭理事は、スマホ顕微鏡を用いたデモンストレーションを行った後、「市民科学では、具体的な課題を設定することが重要。また、それに対して誰にでも利用できるツールがあることや、中心人物となるプロジェクトオーナー、コーディネーター、ネットワーク、地域コミュニティを形成していくことがその成功条件となる」と自身の経験をふまえながら語った。
一般の人たちはどうすれば「ナメクジ」を探したいと思うのか
ワークショップ後半では、上記5名の登壇者のプレゼンテーションを参考に、来場した一般参加者たちがユーザー参加型研究のモデルについて議論するアイディアソンが行われた。議論のテーマとなったのは、2015年から実際に行われているユーザー参加型のプロジェクト「ナメクジ捜査網」だ。
同プロジェクトは、ナメクジや昆虫の生活史などを研究する京都大学大学院理学研究科 宇高寛子助教が開始したもので、外来種のナメクジである「マダラコウラナメクジ」の目撃情報をインターネットを通して日本全国から広く収集している。宇高氏は、一般参加者の継続性や、庭を持っていたり自然に触れる機会が多かったりするようなナメクジに近い環境にいる層からの情報を拾えていないところに課題を感じているという。
この課題に対してワークショップの参加者たちは、いくつかのグループに分かれてディスカッションを行い、位置情報を利用したゲーム化、旅行ツアーやアート作品など、さまざまな企画のアイディアをあげていた。
参加者からのアイディアに対し宇高氏は「社会貢献の意識だけで一般の人が研究に参加するのはつらいものがある。参加することで具体的な利益があるという点が継続性につながるのではないかと感じた」とコメント。たしかに、研究に参加できて、なおかつ一般市民も楽しめたり便利になったりなどのメリットがあるという部分はどのアイディアにも共通していた。
研究者側の視点で語られがちなオープンサイエンスだが、研究者や科学研究に対するメリット・デメリットだけでなく、一般市民やその他ステークホルダーをいかに巻き込んでいくかという面についても今後さらに議論を深めていく必要があるだろう。