研究成果や技術シーズの"Translation"を実現するもののひとつとして、日本でいう「大学発ベンチャー」があげられるだろう。筆者が訪れたロイヤルブリズベン&ウィメンズ州立病院(Royal Brisbane and Women’s Hospital)内のe-ヘルス研究センター(Australian e-Health Reserch Center)から生まれた「Cardihab」も、研究成果や技術を企業化した、いわゆる大学(研究機関)発ベンチャーだ。
オーストラリアでも日本でも、国民の死因の上位に位置する心臓病。無事に回復した心臓病患者も、定期的な心臓リハビリテーションが必要となる。しかし、通院の面倒さや困難さから、心臓リハビリテーションが必要な患者のうち1/3しか実施していないのが現状だという。
そこでCardihabでは、遠隔心臓リハビリテーションの研究成果や技術をもとに、家やオフィスなどでリハビリを行うことができるサービスを開発している。同サービスにおいて患者は、体重や血圧などのデータやリハビリの状況などをスマートフォンアプリへ入力する。その情報をもとに医療従事者は、Webや電話でリハビリの進捗を確認したりカウンセリングを行ったりする。同社CTOのSimon McBride氏によると、実証試験において、同アプリを利用した患者は通院回数を8割以上減らすことができたうえ、リハビリテーションプログラムをきちんと完了する患者の数が増加したという。
Cardihabはオーストラリアの連邦科学産業研究機関(CSIRO)の支援を受けて立ち上がったベンチャーだが、Advance Queenslandでもさまざまなスタートアップ支援の施策をとっている。日本においても、大学発ベンチャーを支援する動きが盛んになりつつあるが、研究成果や技術シーズをうまく"Translation"するためには、何が必要なのだろうか。Garrett氏は、起業家、産業界、学術界、政府など、さまざまな業界のコラボレーションが重要であるとする。
「コラボレーションを促すために私たちは、研究機関の評価方法を見直しました。従来、論文数やその引用数が重要とされていましたが、産業やビジネスとのつながりも評価するようにしました。イノベーションを実現するためにはなにより、一般市民や社会とのコミュニケーションが大切です」(Garrett氏)
日本の学術界は、閉鎖的でコラボレーションが起きにくい環境にあるといった話を現場から聞くことがしばしばある。では、クイーンズランドの研究機関のように、ガラス張りの研究設備にすればオープンな環境になり、コラボレーションが進むようになるかといえば、そうではないだろう。
「オーストラリアの学生に将来の夢を聞くと、医者になりたい、科学者になりたい、技術者になりたい、といったような答えが返ってきます。しかしそうではなく、○○を創り出したい、○○を変えたい、○○な世の中にしたい……といったように、もっと大きなビジョンを持った人材が育つ文化にしていかなければなりません」とGarrett氏が言うように、分野や立場、国を超えたコラボレーションを促し、イノベーションを創出していくためには、環境や制度の整備はもちろんのこと、大きなビジョンを持ち、それを共有できる文化の醸成というところも考えていく必要があるのではないだろうか。