細野教授が考える、これからの材料科学

――これからの材料科学はどのような方向に進むとお考えですか。

半導体分野では近年、酸化物半導体や窒化物半導体が出てくるなど、群雄割拠の状態になっています。いわば、材料科学における戦国時代です。戦国時代を収束させるきっかけになったのは、鉄砲なんですよね。鉄砲をいち早く手に入れた織田信長が勝ったというのは、歴史が示すとおりです。それでは、材料科学ではどうなるのでしょうか。これは直感ですが、私は、鉄砲の可能性を秘めているのは「人工知能」ではないかなと思っています。材料科学だけではなく、いろいろな分野で非常に大きいツールになるんじゃないかなという気がしていますね。

――人工知能は、材料科学でどのような役割を果たすのでしょうか。

たとえば、人工知能が研究テーマを考えてくれる可能性もあるわけですよ。過去の蓄積から人工知能に研究テーマを考えさせて、複数のテーマを出してもらったうえで、人間はそれらを並べてあれこれ考えることが仕事になるかもしれません。人工知能が自分には思いつかないアイデアをどんどん出してくれるようになれば、研究の進みかたが一気に変わると思います。私たちはそれを拒否する理由はありません。コンピュータには感性がないんですよね。コンピュータは感動できないし、価値観もありません。人間はそこに特徴があるわけです。私が若かったら、材料科学と人工知能の可能性を掘り下げる仕事を率先して進めているなと思います。

――細野先生は、データを駆使した材料開発「マテリアルズインフォマティクス」という分野の先生との共同研究で新たな窒化物半導体の開発をされていると伺いました。材料分野においてもデータを活用していく流れがあるのでしょうか。

マテリアルズインフォマティクスというのは、日本の材料科学研究に追いつくために、2011年にアメリカが発足させたプロジェクト「マテリアルゲノムイニシアチブ(Material Genome Initiative:MGI)」を皮切りに、研究開発が加速している分野です。通常、材料はその発見から実装まで、統計的に20~30年かかりますが、この期間をコンピュータを活用して半分まで減らしていこうというのが、MGIのコンセプトでした。この流れに真っ先にフォローアップしたのが、中国です。アメリカのMGIとすべて同じ内容を掲げ、先頭に「China」と付けただけの「中国版MGI(China MGI)」ですが、多額の予算を獲得しています。アメリカの真似をするんじゃなくて、パクったんです(笑)。でも、本当に賢い戦略だと思います。先行者に追いつくためには、パクったほうがいいんですよ。追いつくときにはオリジナリティなんてものは必要ありません。一種の居直りのようにも思えますが、中国には勝てる戦略があるんです。それが、多額の予算。いや、賢いですよね。日本は、強みである材料や機械、半導体を情報分野と結び付けていかない限り、中国にすぐに抜かれてしまうと思いますよ。

――逆にいえば、若手研究者の方々はそこにチャンスがあるということですね。

勝てる戦略を持って研究を進められれば、チャンスはたくさんあると思います。日本では若手研究者のチャンスが少ないという意見も聞きますが、今では若手が挑戦できる科学技術振興機構(JST)のファンディングの仕組みも整備されてきていますからね。私は、若手研究者にチャンスを与えるということは、甘やかすことではないと思っています。ベテランの研究者からアイデアを否定されることもあるかもしれませんが、一回踏まれたくらいでコケるようであれば、それはたいしたアイデアではないんですよ。ベテラン勢を力相撲で投げ飛ばさなければダメ。投げ飛ばすことができれば勝ち、投げ飛ばされれば負け。それだけのことです。私は以前、「生意気な若手を採る!」と宣言していたのですが、本当に生意気な若手が面接に来てしまって、「前の世代の酸化物半導体はたいしたことありません!」と、私の名前を出して直接宣言されたことがあったんですよね。彼は、それまでの面接は全部落ちていたのですが、ここまでやれれば立派だと思い、採用しました。そんな彼も現在は大学の教授として活躍しています。認められたかったら、古い人を力相撲で投げ飛ばすことです。

――最後に、若手研究者の方々へメッセージをお願いします。

今の時代は、既存の土俵で戦う以外に、ベンチャーを立ち上げたり情報学分野で研究を進めたりなど、新しい土俵を作ることもできるようになってきました。今がチャンスです。チャンスっていうのは、生かすも生かさないもその人次第。歳を重ねると、いろいろなものを持つようになり、それらをなかなか捨てられないんですよね。若いうちにしか手に入れられないチャンスはたくさんある。社会の役に立つが楽しくない仕事ではなく、まずは自分が楽しいと思えて、なおかつ社会に対して本質的に貢献できる研究を進めていってほしいですね。