ひとみの現状と今後
ひとみとの通信が途絶した後、3月28日までに計3回、短時間ながらも、ひとみからの電波が受信された。そのため、完全に壊れて起動しない状態ではないと考えられるが、これ以降、電波は受信されておらず、現在はバッテリが枯渇した状態になっていると推測される。
ひとみの復旧には、通信の回復が欠かせない。それにはまず電力が必要になるが、現在は高速に回転しており、正常に発電できていないと考えられる。継続して太陽電池に光が当たり、安定して発電できる状態になるのを待つしか無い。
現在どんな回転になっているのかは不明だが、ひとみの形状だと、いずれは最大慣性主軸であるY軸まわりの回転に収束する。セーフホールドモードと同じような形になり、回転軸方向に太陽があれば、安定して発電できるようになる。問題はY軸の向きであるが、地球が公転するうちに、太陽を向くチャンスもあるだろう。
ただし、ひとみは高速回転したことで、太陽電池パドルや伸展式光学ベンチが分離している可能性が高い。形状が変わると、Y軸まわりの回転に収束するとは限らない。地上からの光学観測では形状までは見えないので、このあたりの状況は全く不明だ。
また通信が回復したとしても、完全な形での科学観測はもはや不可能だろう。太陽電池は6枚のうち、半分の3枚が残っていれば科学観測は可能だが、電力的に大きな制約が付く。伸展式光学ベンチが壊れていれば、硬X線の観測はできなくなる。ただ、軟X線と軟ガンマ線の検出器は衛星本体に内蔵されているので、こちらは無事であるかもしれない。
事故の発生からまだ1カ月しか経っておらず、現時点ではまだ諦めるような状況ではないものの、見通しはかなり厳しいと言わざるを得ない。今後、JAXAが現在進めているFTA(故障の木解析)が終わり、原因究明に区切りが付いたら、次世代機をどうするのか、具体的な検討を加速していく必要もありそうだ。
運用体制も含めた原因究明を
ひとみは日本最大の科学衛星。そのため日本の科学衛星としては初めて、衛星バスがフル冗長構成になっており、信頼性の高さが自慢のはずだった。
ところが本格観測の開始を前に、通信途絶/機体損傷という深刻な事故が起きた。
原因の究明については、今後の検証を待つ必要があるが、筆者としては、衛星のハードウェア/ソフトウェアはもちろん、事故が起きた背景も気になっている。検証や運用に割り当てたリソースは十分だったのか、プロジェクトのマネジメント体制に問題は無かったのか。問題の再発を防ぐためにも、このあたりの検証は重要になってくるだろう。
実際、RCSの制御パラメータのミスを見逃していたというのは、どうも腑に落ちない。軌道上の実機で気軽に試せない以上、地上側で2重、3重のチェックが必要だったはずだ。しかもRCSは、セーフホールドモードの移行で使う命綱である。シミュレータのようなもので確認は行っていなかったのだろうか。
また今回、JAXAが異常に気がついたのは通信が途絶した16時40分だったのだが、その前に海外局で3回受信したテレメトリの中に、衛星の姿勢異常を示すデータが入っていた。1回目と3回目の通信の間には、4時間あった。もし1回目の通信ですぐに異常の兆候を見つけていれば、3回目の通信で何か手を打つことはできなかったか。
JAXAはもともと、内之浦局ですべてのテレメトリの受信とコマンドの送信を行い、海外局では軌道決定のためのレンジング(計測)を行う計画だった。海外局では一部のテレメトリのみ受信しておき、後日解析することになっていたそうだが、ひとみが日本上空を通過するのは、1日15周する中で5回のみ。残りの連続10周は、日本から通信はできない。
ひとみの運用では、JAXAの3カ所の海外局、マスパロマス局(スペイン領カナリア諸島)、ミンゲニュー局(オーストラリア)、サンチアゴ局(チリ)が使われていた。受信したテレメトリを自動解析して、姿勢や電力等に異常があったらすぐにアラートを出すなどして、衛星の監視間隔をもっと密にできないか、今後検討する必要もあるかもしれない。