取材中、種田氏はデザイン画をこちらに見せながら語る場面が多くあった

――厳しいスケジュールですね。タランティーノ監督の頭にあるロッジをどのようにして具現化していったのですか?

種田:その話をするにはまず、今回の作品の特徴からお話した方がいいですね。『ヘイトフル・エイト』は70mmフィルムで撮影された映画です。

――通常の映画で使われる35mmフィルムに比べて、ワイドかつ高画質なフィルムですね。

種田:そう。それからピントの合う範囲が狭くて、たとえば人物の目にピントを合わせると、すぐ後ろはもうボケてしまうという特徴もあります。だからフォーカスするのが大変で、ベテランのフォーカスマンがやっています。日本だとフォーカスマンって新人の仕事なんですけどね。

――レンズもすごいですよね。

種田:あの『ベン・ハー』で使われたレンズを使っていますからね。一つ10kgくらいある(笑)。それも一つじゃなくて、シーンによっていろいろ使い分けているんです。

種田陽平氏による『ヘイトフル・エイト』デザイン画(ロッジ内) (C) MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

――ピントが浅い70mmフィルムで、しかもレンズもいろいろ、ですか。

種田:そうなると、どうなるか。『ヘイトフル・エイト』の物語は15m四方くらいの小さな部屋で展開するのですが、ワンルームなのに部屋の全貌が観客に見えにくくなるんです。何しろレンズの焦点距離が変わるので、遠近感がどんどん変わる。あるカットでは暖炉から扉までが遠く見えるのに、あるカットでは近く感じたりします。

――しかもピントが浅いから、人物の背景がよくわからない。

種田:映画中盤でシチューを食べるシーンなんか、「えっ、テーブルがあったの!?」って驚くんじゃないですか(笑)。ピアノもそう。最初からあるんだけど、観客が画面に観るものはどんどん変わる。

70mmフィルムじゃないとこうはならなかったでしょうね。もちろんクエンティンは意図的にそうしています。そうでないと、いくらシナリオがうまくできていても、美術が面白いセットをつくっても、お客さんはこの密室劇に30分くらいで飽きてしまうでしょう。

『ヘイトフル・エイト』セット写真(ロッジ内) (C) MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

『ヘイトフル・エイト』ロッジの図面。上の写真はすべて異なる部屋のように見えるが、実はすべてひとつの大きなワンルームに収まっており、この「密室」の中でドラマが展開される。 (C) MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

――言われてみれば納得です。

種田:それから光の当て方――撮影監督によるライティングもワンカットごとに相当工夫されていた。これはタランティーノ監督というより、アメリカの考え方なんですが。

――というと?

種田:日本やアジアの映画はカットのつながりを重視します。だからカットが変わっても光が当たる方向が変わることを嫌う。その結果、全体的に光を当てることが多いんです。

――強い影がなくて、まんべんなく明るい状況ですね。

種田:ところがアメリカでは、役者と背景を切り離すために逆光でライトを当てることが多い。たとえば黒い服で背景がグレーだと溶けこんでしまうから、背中側からライトを当てることで輪郭を際立たせたりする。

――逆光で写真を撮ると髪の毛の輪郭がふわっと明るくなるのと同じですね。

種田:ところが、全カットそれをやるわけにはいかないから、日本の場合は光を回すんですね。

――アメリカではあまりライティングのつながりを気にしないんですね。

種田:……と、そういった日本とは異なる撮影事情をふまえてセットを造る必要があるんです。

――おもしろいですね。たとえばどんなところに気をつけたのでしょうか。

種田:たとえば入口付近の天井を見てほしいのですが、この天井をスリット状にしているんです。実際に丸太を組んで、その上に天窓を作りました。こうすると光が通るので、入り口に立った俳優の頭上から光が射すんです。

――先ほどの逆光と同じで俳優が浮かび上がるわけですね。

種田:この天井は取り外せるようになっていて、上にものを置くことができるという設定にしました。それから、扉や壁にわざと隙間を作りました。

――えっ、実際の雪山で撮影しているのに?

種田:ロッジは隙間だらけじゃないと、と監督がこだわったんです。一応、暖炉はあるけど寒くて、登場人物の吐く息は白くならないとだめなんだというのが監督の要求だった。雪も吹き込んでいたでしょう。

――す、すごいこだわりですね……。さすがタランティーノ監督。

種田:でも夜のシーンはね、さすがに無理なんですよ。雪山で撮影するのは。

――凍え死んでしまいそうですね。

種田:そこでハリウッドのスタジオにまったく同じセットを用意したんです。

――夜のシーンを撮影するためだけに?

種田:そうです。雪山は寒いけど、ハリウッドは暖かいんですよ。冬とはいえ、気温が30℃くらいある日もある。その中で、役者は猛吹雪の零下の世界にいるという演技をしないといけない。

――俳優の演技力が問われますね。

種田:それがですね、クエンティンが言うには「そういう今風の撮り方に迎合していると役者の本気が出てこない」と(笑)。暖かいところでやっても寒がる芝居にはならないと言うんです。

それで、セットを建てたステージをぎんぎんに冷やしてね。大きなトラックを6台用意して、それに巨大な冷凍装置を載せ、スタジオを-5℃まで冷やしたんです。しかも、一度冷凍装置を止めてしまうと気温が戻ってしまって、なかなか冷えなくなるから、24時間フル稼働で動かすんですよ。撮影期間が2カ月くらいだったので、その間ずっとかけっぱなし。もう、めちゃくちゃお金がかかるんです(笑)。

――やることが桁違いですね……。そういう現場に撮影期間、ずっとついてらっしゃるんですか?

種田:いや、ずっとはつかないですね。日本だと撮影現場にいることが多いんですが、アメリカだと次の撮影の準備をすることが多いです。雪山でクエンティンが撮っているならハリウッドのスタジオで準備をしているし、逆もある。雪が降ることも計算に入れて、翌日の撮影で雪の量がちょうどよくなるように現場を作ったり。

――現場が二つあると大変ですね。

種田:呼び出されることもあるんですけどね。クエンティンが「(ロッジの)柱を外す!」って言い出して、大丈夫なのかってことで呼ばれたり。しょっちゅう問題は起きます。

――システムがぜんぜん違いますね。

種田:良い悪いじゃなくて、国によってさまざまなんですね。ハリウッドとニューヨークでも違うし、ロンドンとドイツ、イタリアでもまた違う。

――『ヘイトフル・エイト』はまさにタランティーノ監督ならではのこだわりがつめ込まれた映画なんですね。種田さんが作り上げたロッジの細部にまで注目して観てほしいです。本日はありがとうございました。