最後の基調講演は、Neil Jackson氏(Photo17)のIoT Keynoteとなる。こちらもARM TechConにおけるMike Muller氏の基調講演の後半をなぞりつつ、そこにmbed Sponsored Sessionとして公開された"Accelerating IoT with ARM mbed"という講演の中身を混ぜたような内容になっていたの、その部分を中心にご紹介する。
まずPhoto18とPhoto19。Mike Muller氏の基調講演のスライドがPhoto18だったのだが、実際に後で公開されたPDFはPhoto19に差し替わっていた。要するにScaleを入れるか入れないかの話である。これは簡単な話で、まず最初は性能/価格比だけが問題になってきたが、Mobileになるとそこに消費電力(というかバッテリー寿命)がファクターで加わった。スマートフォンになると、これが電力代とかではなく、もう本当に細かな消費するエネルギー量という形で換算されるようになった。IoTになると、これに加えて信頼性も価値の算出に勘案する必要がある、という話だ。ではPhoto19は?というと、価値はPhoto18の計算でいいのかもしれないが、そこにスケーラビリティも加味することで競争に勝てるようになるという話で、むしろこれを入れたことで話の方向性が逸れてしまった気はするのだが、とりあえずmbed OSを普及させたい同社としてはスケーラビリティをどうしても追加したかったのだろう。
Photo18:Mike Muller氏の講演では、上のPCやMobile、スマートフォンなどの絵が実際の写真になっていたのが唯一の違い。で、後で公開されたスライドではこのIoTの世代の計算式が削除され、Photo19に繋がっている。 |
Photo19:ちなみにPDFで公開されたほうは慌てて作業したのか、レイアウトが結構崩れていた(文言は一緒)のだが、こちらはきちんとなっている。 |
さてそれはともかく、Jackson氏のスライドは、幾つかの事例紹介を含んだものになった。まずはGEのLightGridの話(Photo20)。これは街路灯の上にコントロールボックスを載せ、これ経由で実際の街の明るさに応じて輝度を調節したりあるいはデータを集めたりという機能を持つ。これを利用して効率的に稼動させることで、例えばやや高めだった固定契約の電気料金を変動式に変えるなども可能になり、トータルで25.4万ドルの節約になったという。現時点では20あまりの北米/南米の都市でこれが利用され始めており、2025年には90あまりの都市にこれが採用されてゆくとする。
Photo20:サンディエゴ市の事例の概略はこちらから入手可能。3000あまりのナトリウム灯をLED電球に交換するとともに、それぞれをLightGridを利用してデータ収集/管理を行う事にした。 |
2つ目は現在韓国のSK Telecomが2014年9月に始めたFish FarmingやSmart Farmingの話である。例えば養殖なら水温や水質etc、農場なら気温や土のPH、etc...といった様々なセンサーデータを取り込み、3G/LTE Network経由でこれを管理・分析して緻密な制御を行う事で、より効率の良い生産を目指そうというものである。マーケット規模は右にあるように2020年までに50億ドルを想定しており、収穫量を70%増やす事で、2050年に到達すると言われる地球人口100億人に対応できるようにする、というものだ。ここにmbedがどう利用可能か、というのが下の赤枠に示されている。
SK TelecomのFish FarmingやSmart Farmingが紹介されている動画 |
3つ目がZebraのZaterの話である。Zaterの話は以前Renesas DevCon 2015の基調講演レポートの中でもちょっと触れたが、ヘルスケア/小売/製造/輸送などに向いたソリューションを提供するクラウドサービスである。既に多くの小売店がZaterを採用し始めているが、このZaterのEnd Deviceは既にmbed OS上で動作しており、mbed OSベースでのソリューション構築が可能になっている。
4つ目は建築現場の話。引き合いにだされているのは創業166年のLaing O'Rourkeである。さまざまな建設や土木などを手がけている(有名どころでは2012年のロンドンオリンピックの競技場が同社施工である)会社だが、この建築現場におけるモニタリングに採用されているという話である(Photo23)。
Photo23:ミキサーで攪拌されるセメントの温度のモニタリングを毎日20時間以上行うことで、セメントが無駄に固まったりしないように注意することでセメントの効果的な利用が可能になり、7億ドルの費用が節約できたとの事。 |
こうしたさまざまな用途にmbed OSが利用できるという話であるが、ではそのmbed OSはどうなっているのか?というのが次の話。昨年のアナウンスではすでにmbed OS 3.0がリリースされている筈であったが、現状はそこまでいっておらず、現在はTechnical Previewが提供されているだけである。これは何故か?という話を基調講演後のラウンドテーブルで確認したところ、「βを出したところ、パートナーから多くのフィードバックを得たが、これを反映させるために追加の作業が必要になっており、10月の時点ではまだ3.0をリリースまで持ってゆくことは出来なかった」という話であった。
さてOSの方はそんな訳でまだ完成版ではないのだが、開発環境も同様で、今はYotta+GCC5+ARMCC5という構成であるが、まもなくKeil MDKのサポートやCloud IDEの提供が開始される予定だ(Photo24)。
ではOSの中身は?ということでこちら(Photo25)がその内部構造だ。昨年の内部構造と大きな違いは、まず一番下にμVisorと呼ばれるセキュリティ管理用のハイパバイザーを搭載、更にS/Wベースの暗号化ライブラリを用意した。またmbed OS Driversに正式にThreadが含まれている。更に通信ライブラリとしてTLSが標準で利用されるようになり、またmbed Clientが追加されているというあたりになる。このセキュリティ周りの大幅な強化は、同社が今年2月に買収したOffsparkの技術が利用されている、という話であった。ちなみに図中で破線となっているのは現在のTechnical Previewでは提供されていないコンポーネントの様だ。
おまけ
と言う事でARM Tech Symposia 2015 TokyoのARMによる基調講演の内容をお届けしたが、ついでに展示会場に本邦初公開のものが2点あったので併せてご紹介したい。まず1つ目はXilinxのZynq UltraScale+ MPSoCの動作サンプルである(Photo26,27)。会場では6つのCPUがちゃんと動いている様(Photo28)や、それとは別に全画面でMali-400で3D描画を行うなどのデモが行われ、とりあえず全機能が動いている事がアピールされた。Xilinxは9月30日に、[Zynq UltraScale+ MPSoCのサンプル出荷を3ヶ月早めるというアナウンス]を行った(http://press.xilinx.com/2015-09-30-Xilinx-Ships-Industrys-First-16nm-All-Programmable-MPSoC-Ahead-of-Schedule)が、ちゃんと動作するデモボードを展示してこれを裏付けた格好だ。
Photo26:開発ボード全景。ちなみにこのボードはあちこちの展示にあわせて世界中を飛び回っているのだとか。ボードそのものがこの時点で世界に数十枚のオーダーだとか。 |
Photo27:Zynqのアップ。特にヒートシンクなども載せずにこのまま動作していた。 |
Photo28:7つのコンソールのうち、右の5つがQuad Core Cortex-A53にそれぞれ一つづつ(中央のtopコマンドのみほかと共用)割り当てられ、それぞれ個別に動いているとの事。左の2つはDual Cortex-R5のそれぞれのコアに割り当てられているとか。 |
もう1つの新発表は、ARMのHSSTPである(Photo29)。HSSTPそのものは2014年に発表になっているから、その意味では新製品とは言えないのだが、HSSTPが動くためにはSoCの側もこれに対応しないといけない。今回はRenesasのR-Car H3がこれに対応したことで、HSSTP経由でのリアルタイムトレースやデバッグなどが可能になったことがアピールされた(Photo30)。ちなみにHSSTPそのものはピンあたり最大12.5Gbps、ピンは1~6対までサポートし、トータルでは最大20Gbpsまでに対応となっているが、今回はPCIe Gen2レーンをそのまま利用した関係で、5Gbpsで接続しているとのこと。とはいえ、Cortex-A57の動作をリアルタイムでトレースするには十分だとか。
Photo29:R-Car H3も当日発表であり、それもあってこの組み合わせが展示されたのはRenesasで発表が行われた後とされ、午前中はHSSTPボードだけが寂しく展示されていた。 |
Photo30:SoCの高速化や高性能化に伴って、旧来のJTAGではもうとてもスピードが間に合わないこともあってか、2000年台後半から高速なDebug I/Fはちらちら見かけていたが、ついにARMにもそうした環境が整った訳だ。 |