「メディアや技術開発が進むことによって、思わぬかたちで世の中は動いていく」(池上氏)
これまでの歴史を振り返ると、メディアの変化によって、「思いもよらないことが起きてきた」という。池上氏は、活版印刷の登場から、歴史を振り返った。
活版印刷によって宗教改革
「活版印刷ができるまでは、聖書はラテン語で書かれていたため、市民は聖書を読むことができず、神父さんの教えを聞くしかなかった。当時カトリックでは、贖宥状(免罪符)が発行されており、"協会に寄付をすることによって、罪が免除される"という教えを広めていた。これに対してマルティン・ルターが激しく批判をする文書を発行する。それまでは、この文書を市民に広げることができなかったが、活版印刷によって、ヨーロッパ中に広がっていくことになった。また、聖書もドイツ語やフランス語など各国語に翻訳され、多くの信者たちが読めるようになり、市民は何が書かれているのかを知ることができるようになった。これにより、『これまで神父さんが伝えていたことは間違っているのではないか』という疑問が生まれ、宗教改革が広がっていた。このように、活版印刷という新しいメディアによって、プロテスタントが生まれたのである」(池上氏)
その後、ラジオやテレビの登場によっても、歴史に大きな影響を与えている。
「第二次世界大戦中、ルーズベルト大統領はラジオを通して、アメリカの国民に団結を呼びかけた。これによって、多くのアメリカ人が励まされ、団結して戦うエネルギーとなった。その後、テレビの登場によって、これまでラジオで行われていた大統領選挙の公開討論がテレビで開かれるようになった。当時、ジョン・F・ケネディの陣営は、テレビをよく理解していたことから、白黒映像でパワフルに見える服装や汗をかかないようにドーランを塗るなどして、大統領の座を勝ち取った。この時、ラジオだけで討論を聞いていた人々は、ケネディではなく、ニクソンが勝ったと判断し、テレビを見ていた人々はケネディが勝ったと判断している。ケネディ陣は、テレビをうまく政治に利用したのである」(池上氏)
また、政治だけでなく、戦争の局面でも、テレビは影響を与えてきた。
「自由な報道が許されていたベトナム戦争では、悲惨な戦争の様子が報道されていた。死体が散乱する様子、アメリカ人がベトナム人を残虐に扱う様子、アメリカ人の兵士が負傷して苦しんでいる様子など、悲惨な状況がテレビで流された。これによって、アメリカ国内でベトナム戦争に対する反対運動が広がっていった。結果、この世論に押されて、アメリカはベトナムから撤退することになった。このように、メディアの持つパワーに政治がついていかなったケースもある」(池上氏)
アラブの春のきっかけは、FacebookやTwitterだったという。
「2010年12月にチュニジアで、家族を養うために路上で野菜を売っていた青年が、『許可がない』と警官に没収され、殴られる事件があった。その後、青年は市役所に行って『野菜を返してほしい』と訴えたが相手にされず、青年は絶望して焼身自殺をして抗議する。この時、青年は友人に、自殺する瞬間を撮影してもらい、その映像がFacebookに流れたことがアラブの春のきっかけとなった」(池上氏)
その後、内戦状態となったシリアで、スマートフォンが使われるようになり、今日のヨーロッパへの難民問題につながっている。
「アラブ世界だけの話だと思っていたものが、いまやヨーロッパが難民危機のような状態となってしまった。こんなことは誰も予想していなかった。グーテンベルクも活版印刷によって、宗教改革が起こるとは思っていなかったし、テレビによって大統領選挙が変わり、ベトナム戦争が終わるとは考えていなかった。スマートフォンもそう。それが今、世界を大きくゆるがしている。開発者の意図とは関係のないかたちで、世界が大きく変わろうとしている」(池上氏)