ブルー・オリジン社、出現
2014年の初頭から続いているウクライナ騒乱の中、ロシア軍がクリミアに侵攻したことで、米国はロシアに対して経済制裁を課すなど、両国の関係は悪化した。そのあおりを受けて、第1段にロシア製エンジン「RD-180」を使う米国の主力ロケット「アトラスV」が打ち上げられなくなるかもしれない危機に陥った。ロシアのドミートリィ・ロゴージン副首相が制裁への報復として、エンジンの輸出の取り止めや、アトラスVの飛行を禁止することを匂わせる発言をしたためだ。
その後現在まで、実際にそうした動きは起きず、アトラスVの打ち上げは続けられているが、今後の情勢のさらなる変化によっては、本当に輸入できなくなる可能性もあり、また米国内でも、ロシア製エンジンへの依存を続けることへの懸念が広がった。
そこで、アトラスVを運用するユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)社は、米国内のいくつかの会社にRD-180の代替となる新型エンジンの開発を打診し、ブルー・オリジン社はそれに応え、「BE-4」というエンジンを提案した。最終的にULA社はBE-4を採用すると発表、ブルー・オリジン社との間で開発契約が交わされた。
現在はBE-4と、それを第1段に使う新型ロケット「ヴァルカン」の開発が進められており、2019年にも打ち上げが行われる予定となっている(詳しくは『Amazon創設者の宇宙ベンチャーが米国の宇宙開発を救う?』を参照されたい)。
このニュースは多くの人々にとって青天の霹靂だった。それまでほとんど外部に露出してこなかったブルー・オリジン社が、突如として登場し、米国のロケット産業の根幹ともいえる部分に食い込んできたのである。しかも、公表されたスペックなどを見る限り、BE-4は相当に高度な技術を使っていると推察され、いったい彼らはどうやってそれだけの技術を手にしたのかと、多くの人が驚いた。
さらに、2015年4月29日には、ニュー・シェパードのロケット部分と有人カプセル部分とを組み合わせた状態での飛行試験を行い、その様子を動画で公開。ニュー・シェパードを使った宇宙観光ビジネスの展望についても明らかにした。
発射台を求めて
また、ブルー・オリジン社はかねてより、新しいロケット発射場を探し続けていた。これまでロケットの試験飛行などを行っていたテキサス州の牧場からでは、人工衛星や宇宙船を載せた、大型のロケットの打ち上げができないためである。
ブルー・オリジン社はまず、スペース・シャトルが引退して使われなくなったケネディ宇宙センターの第39A発射台を使う道を模索し始めた。ところが、スペースX社がすでに第39A発射台を使用するためNASAを交渉を始めていたため、どちらが使用権を獲得するかで一悶着が起きることになった。
ブルー・オリジン社は2013年9月に、米会計検査院に対し、スペースX社が第39A発射台を独占するのはいかがなものか、という旨の申し立てを行ったが、同年12月に米会計検査院はその申し立てを退け、スペースX社が使用権を獲得。現在、第39A発射台は、スペースX社の「ファルコン9」や「ファルコン・ヘヴィ」ロケットを打ち上げるための改修工事が行われている最中にある。
テキサス州の西にあるブルー・オリジン社の試験施設 (C)Blue Origin |
第39A発射台は現在、スペースX社のファルコン・ロケットを打ち上げるための改修が行われている。この画像は改修後の想像図。 (C)SpaceX |
また、もうひとつの第38B発射台は、NASAが開発中の大型ロケット「スペース・ローンチ・システム」の打ち上げに使用されるため、やはりブルー・オリジン社が入れる余地はなかった。
そこで選ばれたのが、ちょうどフロリダ州が誘致を進めていた、もうひとつの伝説の発射台である、第36B発射台だっというわけである。
新しい再使用ロケットもお披露目
2015年9月15日に開かれた発表会ではまず、第36発射台からロケットを打ち上げること、またそれだけではなく、ロケットの生産もケイプ・カナヴェラルで行うことが明かされた。投資額は約2億ドルで、330の新しい雇用が産出できるという。
ベゾス氏は会見で、自信たっぷりに、次のように語った。
「子供のころ、私はこの海岸から打ち上げられた、巨大なサターンVロケットに大きな影響を受けました。私たちは探検の新時代を迎えるため、この輝かしきフロリダ州に来たことに興奮しています。私たちは今この場所、この宇宙の渚(スペース・コースト)にある第36発射台を、新たな我が家とします」
ケイプ・カナヴェラルにロケットの生産工場が来るのは、実はこれが初めてのことだ。アトラスやデルタ・ロケットはアラバマ州で建造され、スペースX社のロケットもカリフォーニア州で建造され、そこから打ち上げのためにフロリダ州ケイプ・カナヴェラルまで運ばれてくる。
また発表会では、ニュー・シェパードより大型の、新型再使用ロケットの想像図もお披露目された。
例によって例の如し、このロケットに関する情報はあまり明らかにされていない。おそらく人工衛星の打ち上げだけではなく、前述のスペース・ヴィークルも打ち上げられるだけの能力はあると思われるが、全長や直径、打ち上げ能力はもちろん、名前すら不明である(もちろんまだ決まっていない可能性もある)。
数少ない情報によると、第1段にはヴァルカンでも使われる、BE-4を装備するという。また想像図では、第1段の下部に着陸脚のようなものが見える。打ち上げ時には折り畳んでおき、着陸時に展開する、ファルコン9-Rと似た形式と思われる。
第2段にはニュー・シェパードが装備している液体水素と液体酸素のロケット・エンジン「BE-3」を装備するという。ただ、ニュー・シェパードとは違い、高空から宇宙空間の空気が薄いところで動かすため、それに合わせて効率が良くなるノズルを大きくするという。
第1段に大きな推力が出せる炭化水素系エンジンを、第2段に比推力(ロケット・エンジンにとって燃費のような要素)が高い水素エンジンを使うというのは、ロケット全体の効率が良くなる理想的な構成である。また、BE-3はすでにニュー・シェパードで飛行実績があるため開発のリスクが小さくでき、BE-4はこの新ロケットだけではなく、ヴァルカンでも飛行回数を稼げるため、、量産によるコスト削減や、信頼性の向上ができるといった利点がある。
さらに、BE-4の燃料である液化天然ガスは、ケロシンと違ってススが出ないため、再使用に向いている。なお、ヴァルカンでもエンジンの再使用が検討されている。
打ち上げ時期については、2010年代の終わりまでを目指すという。
新型ロケットの想像図。第1段の下部に着陸脚のようなものが見える (C)SpaceX |
新ロケットの第2段に装備されるBE-3エンジン。すでにニュー・シェパードのエンジンとして飛行実績がある (C)Blue Origin |
この新ロケットの最大の焦点は、やはり打ち上げ後の第1段機体の着陸と、再使用になるだろう。スペースX社のファルコン9も、打ち上げこそはうまくいっても、第1段機体の着陸にはことごとく惜敗を繰り返している。また再使用によって本当に打ち上げコストを劇的に下げられるのかもまだ不明である。
だが、それに挑戦する企業が複数現れたのはすばらしいことであり、そして彼らの読み通り、本当に打ち上げコストを激減させることに成功すれば、ベゾス氏が目指す、人類が宇宙に進出する時代が、そう遠くないうちにやってくるかもしれない。
スペース・シャトルの引退によって、かつてほどの熱気が失われたケイプ・カナヴェラルは、今ふたたび、新しい時代に向けて熱を帯び始めている。
参考
・https://www.blueorigin.com/technology
・http://spaceflightnow.com/2015/09/15/bezos-to-
locate-commercial-rocket-base-in-florida/
・https://www.blueorigin.com/news/news/ula-and-blue-origin-
announce-production-agreement-for-american-made-be-4-en
・https://www.blueorigin.com/news/news/blue-origin-debuts-the-
american-made-be-3-liquid-hydrogen-rocket-engine
・https://d3p0rr00ppgdfa.cloudfront.net/themes/site_theme/files/
technology/BE4_FactSheet.pdf