野村総合研究所(NRI)/楢舘歩氏 |
イベント中盤からは、Q&A方式での進行となった。まずは、「移住前に期待していたこと、不安だったことは?」という問い。本格的にでも、あるいはおぼろげながらでも、移住に興味がある層には気になるところだ。
京都在住の大西氏は「3歳と0歳の子供がいたので、実際、保育園の確保に困りました。でも、歩いて行ける範囲に自然があるし、歴史的な場所や建築物もたくさんある。子育てする環境として捉えた時、東京よりもよくなるんじゃないかなという期待はありましたね。一方で子供たちが小中高と進学していくときに、京都で大丈夫?という不安もありました」と子育てとその受け皿環境についての期待や不安がいっぱいだったことを明かした。この辺りは、誰もが家族と移住先を決める際に大きなファクターとなる部分。なんとかなるだろうでは済まされない分、周到にリサーチをかけて欲しい。
札幌在住の楢舘氏の場合は「地元に帰れる!という期待感しかなかったですね(笑)。生まれ育った勝手知ったる場所ですから。不安に感じることはまったくなし。でも、実際に移り住んでみてわかったのは、当時の友人たちが誰も周囲にいないこと。みんな、自分のように札幌を後にしていたんですよ。しばらくは妻と妻の妹さんとしか遊び相手がいなくて困っちゃいました(笑)」と、かつての頃のような地元の環境ではなかったことに移住後に直面したそうだ。これは地元志向の強い層にとって意外な盲点かもしれない。
一方、自らの強い気持ちから地元・徳島に戻った團氏は「人ごみを離れ、真逆の田舎暮らしを満喫できる!という期待で胸が一杯でしたね(笑)。でも、妻が地方の、しかも限界集落の、その土地のコミュニティにうまく馴染むことができるだろうか、という一抹の不安もありました。結局、それは杞憂に終わりましたけど。私が移り住んだ地のように、例え限界集落でも、移住者の受け入れに積極的に臨んでいるような地域では、地元の人たちが外から来る人間に馴れていることもあり、すごく気を遣ってくださりますからね。そこで、腰掛けじゃなく真剣に移り住む気持ちや態度を表にしてお付き合いしていけば、自然とお互いうまくいくようなところはあると思っています」と語ってくれた。地方への移住で一番ネックとも言える、移住先でのコミュニティに入っていけるかどうかという問題。これは、時間やコストに余裕があり、労力を惜しまない姿勢でいるのなら、ぜひ、地元であっても実際に何度か足を運んでみて、移住先の空気感に触れてみることが肝要だろう。
また、家族が先に福岡に移住していた和田氏は「子供に会える!というのが一番の期待というか嬉しいことでしたね。反面、東京の頃のように仕事が続けられるか、後につながるか、拡げていけるか、という不安は拭えませんでしたけれど。私の場合は東京本社の福岡拠点進出という流れがありましたので、まだいい方かもしれませんが、単身で挑むとなっていれば嬉しいとばかり浮かれてばかりはいれなかったと思います」と、これまた誰もが気になる仕事についての不安を述べてくれた。移ったはいいが仕事がつながらず、尻すぼみになっていくのは避けたいところ。ここはやはり、ある程度の筋道をつけて、場合によっては東京に戻れる道も残しておくなど、計画的に動くことが最低限必要であることを示唆してくれるエピソードだ。
移り住んでみて体感できた、仕事や仲間、家族との距離感?
LINE Fukuoka/和田充史氏 |
次は、「実際に移住した後に感じたよかったこと・大変だったこと」についての問いかけ。團氏は「移住のタイミングで所属部門が変わり、リモートワーカーとして馴染みの薄い知らないメンバーと組むことになったんですね。そのせいで、当初は意思疎通がうまくとれず、わりと頻繁に東京の本社に出向くことに。プロジェクトが動き出した後も、進捗のペースをはじめ、あうんの呼吸で乗り切るみたいなことがうまくできず、果たして遠隔地連携できるのか、と、ちょっと心折れそうになりました。リモートワーカーが成立するのは、やはり、メンバー同士のお互いの信頼感がベースにないとキツイかもしれませんね」と語ってくれた。
逆によかったこととしては「東京に比べオフィス環境は最高!椅子と椅子が触れそうな狭い空間で、下手したらパーテーションでさらに細かく区切ってギュウギュウな作業場から、こっちは一人一部屋ですからね(笑)。気分を変えて、天気のいい日には庭に出たり、ハンモックに揺られながら仕事したりもできますし、僕にとっては天と地ほど差がある。気持ちの余裕が生まれた分、集中して仕事に打ち込めるようになりましたね。参考までに、今の徳島サテライトオフィスは築70年の古民家で6DK、諸経費諸々込みで家賃数万円。徳島では高いほうかもしれません(笑)」と作業環境が格段に向上したことにも触れた。
これには、きたみ氏も「うらやましい限り。ただ、團さんは辞表まで出して、それを会社が真摯に受け止め対応してくれる器があったからよかったけれど、リモートワーク未導入の企業の方が多い現状では、どう提案して実践に移してもらうか、超えなきゃいけない壁はまだまだ高そうですね」と評した。確かに現状では手探りの状況だが、細かく丁寧に探していくと働き方のダイバシティを認めてくれる会社などもあるので、転職も視野に模索してみるのもひとつの手段だろう。
ちなみに、後の3人も異口同音に「東京の拠点との距離感の克服」を大変なことに挙げてくれた。しかし、これは地方移住に特有の課題というより、全国に拠点展開する企業にとっての永遠の課題ともいえる領域。お互いで協働・連携しながらクリアしていくしかないことかもしれない。
そんな中、「クライアントが関東にいるプロジェクトの場合は、時期にも寄りますが出張で東京に行くこともありますね。TV会議などのインフラも整ってはいるのですが、やはりお客様は顔を合わせて話がしたいという部分はあります。出張など苦労する面もありますが、マネージャーという立場で仕事をする中で、お客様からの信頼も得られ、強い責任感とやりがいを感じています。」と話す楢舘氏。その後少し考え込みながら、「要は、自分の中で“何を大切にするか”だと思うんですよ。私は、子供にとって環境のいい場所で子育てをすることに重きを置いていますので、平日に家族と顔を合わせる時間が少ないことにも我慢ができる。その分、週末に向け、子供や家族とどれだけ密に過ごそうかと想いを巡らせ、それをモチベーションにまた頑張れる、という流れで取り組んでいますね」と語ってくれた。
お金をとるか、心の充実をとるか、はたまた両方満たすか
モデレーター/きたみりゅうじ氏 |
その後、いろいろな話題でプレゼンター同士の本音トークが交わされた。特にお金の面の話や地域特性についてなどでは、活発に意見が飛び交ったのが印象的だった。
まず、團・大西・和田の3氏は、それぞれ東京での待遇を維持しながら移住できたのに対し、楢舘氏は転職によって収入が下がることを納得しての移住だったという。「移住前は妻も働いていたのですが、札幌では私の収入だけ。正直、キツかったですね。ただ、家賃など、いわゆる固定費や生活費は抑えられますので」という解答が寄せられた。他の3氏も総じて「地方ではランニングコストが抑えられる」という感覚の一致を見た。とはいえ「東京で働いていた待遇や評価を持って地方に移れるのは大きいですよね。ただ、万人がそうなれるはずはない。翻って地場の企業に転職する、という道は?」と、きたみ氏がプレゼンターに投げかけたところ、和田・大西の両氏は「ことIT業界に限ってなら、福岡や京都なら東京と同じ相場観で転職先を探し出せるはず」という実感値を語ってくれた。
一方で「ITだと徳島ではかなり限定される。ほぼないと思ってもらっていいです。給料も、もれなく下がりますね(笑)」と話す團氏。この辺り、給与水準には地域格差が必ずあるので、決断の前にしっかりと下調べが必要だろう。ただ、團氏は「でも、畑を借りて自分たちが食べる野菜などを育てたりするなど、田舎での暮らしで鍛えられる分、もし仮に今の会社が倒れたりしても、なんとなく生きていけそうな気はしています(笑)」と逞しくなった一面も披露してくれた。團氏や先の楢舘氏のように、給与が下がるなら下がる分、自分が本当にしたい仕事や暮らしと天秤をかけてみて、どちらにより重きを置けるかで選択するのも、決して間違いではないこともわかるだろう。
ほかにも「3代住み続けないと京都人とは認めないなど、外からの人間に手厳しいイメージがある地域。でも、実際は人情味溢れる人が多い」(大西氏)、「なにかと物騒な話題で注目される福岡ですが、そんなのはほんの一部。食べ物は美味しいし、可愛い女性がたくさんいるし、最高です!」(和田氏)など、私生活の雑感も含め、移住後の暮らしを満喫している様子を語ってくれた。
憧れをカタチにするのに、忘れてはならないこと
盛り上がりを見せた本イベント。最後に参加者からの質問に答えるコーナーがあり、こちらでは「移住して一番辛かったことは?」「地方での人材採用の特徴は?」「フリーランスとして地方移住は可能か?」などの質問が寄せられ、プレゼンターらはそれぞれの経験や実感値、考え方を交えながら、丁寧に回答してくれていた。
それらも含めた結論として、東京を捨て地方に移住することには「いいことも悪いこともある。だから地方経験がある人だったら、何を優先するかをしっかり定めた上で挑戦してほしい」(大西氏)、「今の時代、エンジニアとしてモノづくりに携わることに関しては、東京も地方もない。東京と同レベル、あるいはそれ以上の仕事に挑むことは、地方でも探せばあるはずですよ。実際私はNRIでその環境を手に入れました。」(楢舘氏)、「ウチ(LINE)は転居支援に30万円が支給されます。気になる方は連絡ください(笑)。それはそれとしても、大西さんと同じで何に重きを置くかを固め、どれだけデメリットを許容できるかに尽きると思います」(和田氏)、「限界集落を何とかしなくてはという大きな危機感を持って臨んでいる地域の人たちと一緒になりながら、自分に何ができるかを考えたり実行したりすることにも携われ、リモートワークというスタイルを選択できたのは、ものすごくよかった」(團氏)など、モデレーターのきたみ氏のリードのもと、中身の濃いディスカッションが続けられた。
そして、その後の懇親会では来場者とプレゼンターとの間でより具体的な意見交換がなされるなど、最後まで盛り上がった本イベント。次の機会には、違う背景を持ったエンジニアを招き、また異なる視点や考え方にも触れてみたいと思えるほど、終始充実した内容と拡がりを持ったものだったことを、最後に記しておく。