バランの特性と不均衡
アプリケーションの帯域幅と高速ADCが決定したら、フロントエンド・トポロジを選択します。すなわち、アンプ(能動)かトランス(受動)かです。これら2つの間のトレードオフにはさまざまなものがあり、その内容はアプリケーションによって異なります。3本稿では、トランス/バランを結合したフロントエンド設計に焦点を当てます。
ここでは、「バラン」という用語をトランスまたはバランという意味で使用します。トランスとバランでは構造およびトポロジの違いがありますが、フロントエンドを結合/構成し、入力される対象IFをシングルエンド信号から差動信号に変換する受動デバイスが使用されると考えます1)。
バランはアンプとは異なる特性を有しており、デバイス選択時にその特性を検討すべきです。これらの特性の違いには、電圧ゲイン、インピーダンス比、帯域幅および挿入損失、振幅と位相の不均衡、反射損失などが含まれます。その他の検討事項としては、電力定格、構成のタイプ(バランかトランスか、など)、センタータップ・オプションなどが挙げられます。
バランを使用した設計は必ずしも簡単ではありません。たとえばバランの特性は周波数とともに変化し、予測を複雑なものにします。また、一部のバランは、接地、レイアウト、センタータップ・カップリングに対して敏感です。バランを選択する場合は、データシートだけを判断基準としない方が得策です。PCボードの寄生要素、外部マッチング・ネットワーク、コンバータの内部サンプル/ホールド回路(つまり負荷)5)も式の一部を構成している場合は、バランが新しい形を取るため、ここでは経験が大きな役割を果たします。
信号ゲインは、理論的にはトランスの巻数比に等しくなります。バラン内部の電圧ゲインは基本的にノイズフリーですが、電圧ゲインがある状態でバランを使用すると信号ノイズが生じます。帯域幅にも大きなトレードオフが生じることがあります。バランは、単純に公称利得の広帯域パスバンド・フィルタと見なすべきです。したがって、標準的な傾向として、バラン内では信号ゲインが大きくなって帯域幅が狭くなります。
バランによる電圧ゲインは大きく変動することがあり、状況によっては大きなリップルやロールオフが発生する可能性があります。現在のところ、良好なギガヘルツ性能と1:4のインピーダンス比を持つトランスを見つけるのは難しいのが実情です。要するに、慎重さが求められます。1:4、1:8、および1:16のインピーダンス比を持つバランを使って最終シグナル・チェーン段のノイズ指数を改善または最適化しようとする場合は、慎重な検討の上に、実験室で検証を行う必要があります。帯域幅オプションと性能が制限されるため、トレードオフは著しいものとなり、ギガヘルツ領域での設計では、インピーダンス比1:1または1:2の設計以上の性能は得られなくなります。
バランの挿入損失は単純に指定周波数範囲での損失であり、これは、あらゆるバランのデータシートにおいて最も一般的な測定仕様です。回路に組み込んだ場合、この値はまったく違ったものとなります。通常見込むことができるのは、データシートに規定された周波数範囲の半分です(残念ながらこれが現実です)。場合によっては、バランのトポロジや、容量などの負荷寄生要素への感度に応じて、これよりもさらに悪くなることがあります。おそらく、これはバランに関して最も誤解されているパラメータです。その理由は、バランが理想的なインピーダンス状況において、負荷寄生要素なしで最適化されていることによります。言葉を変えると、バランはネットワーク・アナライザによって特性評価されています。
反射損失はバランの二次側終端の有効インピーダンスのミスマッチで、一次側に現れます。たとえば、一次側巻数に対する二次側巻数の比の二乗が4:1の場合、二次側を200Ωで終端すると、一次側に反射されるインピーダンスは50Ωになると予想されます。しかし、実際はそうはなりません4)。
周波数に伴う一次側変化に対する反射インピーダンスを求めるには、その設計に対して指定された中心周波数での反射損失を知る必要があります。この例では110MHzを使用します。Zoは理想的なトランスに対して仮定された50Ωでないことが分かります。その値は式(3)に示すようにもっと低くなります。
反射損失(RL) = -18.9dB@110MHz = 20×log[(50 - Zo)/(50 + Zo)] (1)
10^(-18.9/20) = (50 - Zo)/(50 + Zo) (2)
Zo = 39.8 Ω (3)
次に、式(3)の一次側Zoと二次側理想インピーダンスの比を求めます。一次側理想インピーダンスについても同じ計算を行い、実際の二次側インピーダンスを求めます。
Z(prim reflected)/Z(sec Ideal) = Z(prim Ideal)/Z(sec reflected) (4)
39.8/200 = 50/X (5)
ここからXを求めます。
X = 251 Ω (6)
この例は、一次側に50Ωの負荷を反射させるには、二次側に251Ωの差動終端が必要であることを示しています。そうしなければ、シグナル・チェーン内におけるこの前段部分が、より大きな負荷(約40Ω)を駆動することになります。これは、前段のゲインをより大きくする結果となります。ゲインの増大と負荷状態の読み違いは高速コンバータに加わる歪みの増大を招き、その結果、システムのダイナミック・レンジが制限されます。一般的には、インピーダンス比が大きくなると反射損失の変動も大きくなります。バランと「マッチング」させたフロントエンドを設計する場合は、このことに留意する必要があります。
振幅と位相の不均衡は、バランを考える際の最も重要な性能特性です。これらのパラメータは、それぞれのシングルエンド信号が理想値(振幅が同じで位相差が180°)からどれだけ外れているかを示す良好な基準を提供します。これら2つの仕様は、設計が高いIF周波数(+1,000MHz)を必要とする場合に、コンバータに対して信号の直線性がどれだけ保たれているかについての視点を設計者に提供します。一般的には、これらのずれが大きいほど、性能の低下も大きくなると予想されます。
データシートにこの情報が記載されているトランスまたはバランを選択することが大前提です。データシートにこの情報が記載されていない場合は、このような高周波アプリケーションに適した選択とは言えません。周波数が高くなるほどバランの非直線性も大きくなりますが、これは主に位相不均衡に支配され、高速コンバータに見られる偶数次高調波歪み(主に第2高調波、すなわちH2)の増大につながります。わずか3°の位相不均衡でも、スプリアスフリー・ダイナミック・レンジ(SFDR)の性能は大きく低下します。その原因がコンバータにあると決めつけないでください。期待されるデータシートのスプリアス、特にH2と大きく異なる場合は、まずフロントエンドの設計に着目します。
二次高調波歪みに対処する方法はいくつかあります。より高い周波数でバランを使用する時は、複数のトランスまたはバランをカスケード型で使用することを試みてください。バランを2つ、ないし場合によっては3つ使用して、高周波域のシングルエンド信号を差動信号に変換することもできます(図1)。欠点は、スペース、コスト、および挿入損失です2)。
もうひとつの方法は、バランを変更することです。望ましいシングルソリューション・バランの例としては、Anaren、Hyperlabs、Marki Microwave、Minicircuits、Picosecondなどのものがあります。ギガヘルツ領域で広い帯域幅を提供する特許取得済みのこれらのバラン設計は、特殊なトポロジを使用して高レベルのバランスを実現しており、シングル・デバイスだけを採用しています。場合によっては、今日一般的に使われている標準的なフェライト製品よりも小さいフットプリントが実現されています。
すべてのメーカーによってすべてのバランの仕様が同じように規定されているわけではなく、一見して同じ仕様であっても、同じ状況下で性能が異なる場合があります。設計に適したバランを選択する最良の方法は、検討対象のすべてのバランの仕様を収集して理解し、メーカーのデータシートに記載されていない重要データ項目がある場合は問い合わせることです。あるいは、もしくはこれに加えて、ネットワーク・アナライザやシステムボードを使用し、高速ADCの前段でバランの性能を測定することも有効です。
最後に、シングルバランまたはマルチバラン・トポロジを使用する時は、位相不均衡に関し、レイアウトも同様に重要な役割を果たします。高周波域で性能を最適化するということは、レイアウトをできるだけ対称に保つことを意味します。そうしないければ、バランを使用するフロントエンドの設計におけるトレースのわずかなミスマッチでも、ダイナミック・レンジの制限を含めて、システムが使い物にならなくなる恐れがあります。