ビジネスを支える10ユーザー10ドルライセンス
もっとも、良い製品を作って情報を公開すれば端から売れていくことはない。同社の成長を支えているのは、製品の魅力を伝えるためのマーケティング活動だ。そこで中心的な役割を果たしているものに「10ユーザー10ドルライセンス」がある。これは、最初の10ユーザーについては月10ドルという価格で、何の機能制限もなく利用できるというもので、JIRAやConfluenceなど同社の主要製品に適用されるライセンス体系となる。ライセンス売上の10ドルは寄付にあてられる(※)など、価格以外の価値も打ち出している。
※ Atlassianではダウンロード製品(オンプレミス型)に加えてオンデマンド製品(クラウド型)の提供も開始しているが、オンデマンド版(クラウド型)に関しては月額10ドルを運用費に回している。
「1人あたり月1ドルというコーヒーよりも安い値段で、エンタープライズクラスの製品を利用できる。製品を手軽に試してもらうことで、まずは良さを知ってもらう。さらに使いたいという場合に利用ユーザーをスケールさせていくという仕組みだ」(同氏)
さらに、Atlassianのビジネスが興味深いのは、売上の伸びが年間を通じて一定の増加率で推移していることだ。セールス担当者や販売パートナーをメインとした販売の場合、売上が計上されるタイミングにかたよりが出るのが普通。特に国内では、販売強化策やプロモーションを期末に向けて実施することが多いため、期初は落ち込み、期末に伸びるといった傾向になりがちだ。
一方、Atlassianでは、10ユーザーライセンスを新規採用するユーザーも、10ユーザー以上のライセンスへとスケールする割合も年間を通じてほぼ一定になるという。このため、1年間の売上の伸びを月別の推移でグラフ化すると、グラフは左から右に向かってきれいに一直線を描いて上昇していくかたちになるのだ。
「売上の変動幅が大きいと、精度の高い予測と不足分を補うための施策が必要になる。そうした作業に追われていては、長期的な施策に時間を割くのが難しい。対してAtlassianの場合、ユーザーが安定したペースで増えているので、経営の計画が立てやすく、先を見据えて施策に取り組める。10ユーザー10ドルという試しやすいライセンス、そして営業がおらず正札価格で提供している点が大きいが、社内の情報共有が非常に円滑で、開発、マーケティング、経営が一体となれていることも少なからず影響している」(同氏)
10ユーザー10ドルは、同社のボトムアップの製品採用を支えるビジネスのキモだ。そして、このマーケティングの仕組みを創業者らと作り上げてきたのが、Simons氏なのだ。
日本とは意外なつながりも
Simons氏は1997年にプラムツリーに入社し、マーケティング担当者として、欧州、シドニー、シンガポール、韓国、日本のブランチオフィス立ち上げなどに関わってきた。プラムツリーは2005年にBEAに買収され、2008年にはBEAがオラクルに買収されるが、そのタイミングでAtlassianに入社。マーケティング責任者として、10ユーザーライセンスなどの仕組みを作り上げ、2009年からプレジデントを務めている。
入社当時からJIRAという製品自体は知っていたと言うが、JIRAを知ったきっかけも口コミだった。プラムツリー在籍時に、新規プロジェクトの開発で利用するバグトラッキングシステムを選定することになったが、そこでエンジニアが選定したのが、自社製品ではなくJIRAだったのだ。
「口コミで広がっていくような製品をつくることに魅力を感じていた。入社してからは、創業当時から続くモデルをいかにスケールさせていくかがミッションだった。そこで、当時はまだなかった宣伝の部隊やマーケティングの部隊をつくり、グローバルでの拠点づくりも進めていった」(同氏)
Simons氏は日本やアジアの事情にも詳しいが、その辺りは、プラムツリー入社以前のキャリアとも関係がある。Simons氏はもともとプロのジャズピアニストで、アジア各国のジャズクラブで演奏していた経験を持つ。プラムツリーへの入社も、株主の1社が日本の総合商社であったことがきっかけになった。また、新オフィスのある横浜は、出身地である港町のサンフランシスコにも似ていて親近感があるとも話す。
「サービスの日本語対応などを進め、より使いやすいサービスにしていきたい。まだ当社の製品を使ったことがない、よりよいツールを探しているという日本のエンジニアにぜひ使ってもらいたい」(同氏)
なお、同社では社内のバグ管理やコラボレーションにJIRAやConfluenceを用いており、日本拠点の様子や日本のユーザーの動向なども同社の全社員が共有する体制になっている。日本からのフィードバックも積極的に製品づくりに生かしていくとしている。