では、静電容量を計測するだけで済むのでしょうか。理想的な条件ではそうですが、現実にはノイズの影響を受けるため、単純にそうとは言えません。実際の静電容量計測には、低インピーダンスで高ノイズ耐性の計測法が必要です。インピーダンスを低くすれば外部電場(伝導ノイズ)の影響を減らす事ができ、ノイズ耐性を高くすると外部RFI(放射ノイズ)の影響を減らせます。

まず、伝導ノイズについて説明します。静電容量計測システムの電源に高レベルの伝導性コモンモードノイズが含まれていると、タッチセンサにノイズが注入されたかのように見えます。測定回路は、回路自体の電気的変化とセンサの電気的変化を区別する事はできません。このため回路からは、伝導ノイズはセンサノイズのように見えます。低インピーダンスの計測システムを使うと、人体の水分子の変動を回路のグランドへ素早く引きこみ、周囲のグランドが人体を介してセンサを引きこむ効果を制限する事で、伝導ノイズの影響を低減できます。

外部ノイズを除去するため、可能であれば差動計測法を使うのが一般的です。この機能では、人体のグランドに接続できれば理想的ですが、一般的には困難です。代わりに、センサ上の正の電荷と負の電荷を別々に計測し、差分を取る事でほとんどの低周波ノイズを除去できます。

放射ノイズの影響は、2つの方法で低減します。1つは、ノイズのバイパス経路を設ける事で、センサが変換回路に接続されている時間を制限する方法です。もう1つは、サンプリングのタイミングをディザリングする事で、サンプリング レートと放射ノイズ間のビート周波数を除去する方法です。放射ノイズに対するシステムの耐性は、変換方法にも影響されます。すなわち、変換方法には放射ノイズの除去に適したものとそうではないものがあります。

以上のテクニックはすべて静電容量の変換に影響するノイズの低減に効果的です。しかし、どのように注意深く変換しようとも、サンプルにはある程度のノイズが侵入します。さらに、タッチによって生じる静電容量の変化量は小さく、特に近接センシングでは極めて微小です。ノイズを低減すると共に感度を改善するため、複数回のサンプリングを行って平均値を求めます。これにより、タッチによって生じる値の変化が大きく、平均化によってノイズが減少しますが、計測値の変化率は小さくなります。すなわち、ユーザのタッチ動作はシステム内のノイズ周波数に比べて極端に遅いため、この方法を使ってシステムの応答時間が長くなっても問題はなく、一方でノイズを低減できるのです。

別の有効な機能として、データに対するスルーレート リミッタがあります。基本的に、この機能は新しいサンプルを1つずつ監視し、サンプルが平均値を超えていれば、平均値を1~5だけ増やします。サンプルが平均値よりも低ければ、平均値を同様の量だけ減らします。これにより、大きなノイズスパイクが平均値に影響する事を避けながら、サンプルの緩慢な変化を取り込む事ができます。

これらの機能を組み合わせる事で、ノイズが多い環境でも静電容量式タッチシステムを動作させる事が可能になります。照明システムは、まさにそのような環境で使われる事を前提としています。すなわち、一般的な照明システムは、大量の誘導性ノイズを発生するさまざまなノイズ源(HVAC、コンピュータ システム、誘導性負荷(ポンプ等のモータ)、他の照明システム)と電源を共有します。これに加えて、我々の生活環境は携帯電話、Wi-Fi、ラジオ、TVといった無線機器に取り囲まれています。

したがって、照明システムに組み込まれた静電容量式タッチ(特に近接インタフェース)システムは、放射ノイズと伝導ノイズの両方が存在する環境で動作できる事が必要です。幸い、現在市販されているほとんどの静電容量式タッチシステムは、一般的な家庭およびオフィス環境におけるノイズレベルを許容できます。そのため、設計段階では、既成の静電容量式タッチシステムが使用環境で予測されるノイズレベルに適合している事を確認するだけで済みます。

次に、そのようなノイズ耐性を有する静電容量式タッチ/近接システムをインタフェースとして組み込む必要があります。最も単純なシステムでは、照明のON/OFF操作だけが求められます。しかし、ハイエンドのシステムでは調光機能が求められる傾向にあり、ある程度のジェスチャー認識機能を備えたインタフェースが必要です。さらに、取り扱い説明書を読まないと操作できないような照明スイッチは実用的でないため、ジェスチャーインタフェースにはユーザが直感的に操作できる事が求められます。最終的にどのようなシステムを使うにせよ、誤動作に対して十分な対策が必要です。

このようなシステムに対する要件を以下に挙げます。

  1. 簡単かつ直感的に照明のON/OFF操作ができる事
  2. 簡単かつ直感的に調光操作ができる事
  3. 誤動作に対して十分な耐性を有する事
  4. 未使用時の消費電力を最低限に抑える事
  5. 部品コストが低い事

上の要件1と2については、インタフェースの操作方法を示す何らかの表示が必要かもしれません。照明の操作を目的とする事から、暗くても操作できるよう、表示に補助的な照明を設けるか、手探りで操作できるよう触覚に訴える何らかの手立てが必要です。

要件3に関しては、例えばユーザがスイッチの近くを通過しただけで照明がON/OFFしない事が必要です。

さらに要件4と5が示すように、消費電力とコストの削減が求められます。幸い、最新のマイクロコントローラのほとんどは、非常に低い消費電力で動作可能です。それらのデバイスは、照明の制御と静電容量式タッチに必要なすべての周辺機能も備えています。

したがって、上記の要件をすべて満たすインタフェースとしては、ボタン表示用バックライトの制御用に静電容量式近接センシングを採用し、照明のON/OFFおよび調光操作用に基本的なタッチ式「ボタン/スライダ」を採用する事が妥当であると考えられます。回路に必要なすべての機能を内蔵した1チップマイクロコントローラは豊富に選べます。静電容量式ユーザインタフェースソフトウェアはマイクロコントローラのメーカーから簡単に入手できます。

近接センサを使ってボタン表示のバックライトを点灯する事で、暗闇でもスイッチを容易に見分けて操作できます。照明付きの表示は、システムの使用方法に関する基本的な情報をユーザに提供します。

ボタンとスライダにソフトウェアロックアウト機能を追加する事で、ユーザの近接を検出してから2~3秒間だけスイッチの作動を抑止する事もできます。これにより、ユーザがインタフェースの近くを通過する際に意図せずスイッチに触れて誤動作してしまう事を防げます。

また、ユーザが照度を設定するのに必要な10~20秒間だけ表示のバックライトを点灯する事で消費電力を最小限に抑えると、電源コストを削減できます。

フィルムに回路を印刷する技術を用いて、静電容量式近接およびタッチセンサを低コストで実装する事で、インタフェースのコストを最小限に抑える事ができます。

どうして静電容量式近接センシング「だけ」を使ったインタフェースを作らないのか、 と疑問をお持ちかもしれません。そのようなインタフェースでは、下記のような使い方が考えられます。

  1. 手を左から右に動かすと点灯し、右から左に動かすと消灯する
  2. 手の上下の動きに合わせて調光する

これは既存の技術で実現できますが、それがユーザにとって使いやすいかどうかは疑問です。消灯時や減光時にユーザがインタフェースを見付ける事ができるか。ユーザがセンサの近くを通過した際に誤って消灯してしまったらどうなるか。飼い犬の尻尾がセンサをかすめたらどうなるか。

このような想定は不自然に思われるかもしれませんが、設計に際しては静電容量式タッチがこの種の環境「ノイズ」に対して敏感である事を念頭に置き、静電容量式近接システムの感度がどのように動作に影響するかを熟慮する必要があります。より信頼性の高いジェスチャー認識システムを採用する事で、この種の問題に対処する事も可能です。しかし、2~3種類のジェスチャーパターンを認識するだけのシンプルなシステムであっても、一般的な小型/低コストマイクロコントローラの能力を超える処理を必要とします。したがって、コストとのトレードオフを考慮する必要があります。

静電容量式タッチおよび近接センシングはエキサイティングな新技術ですが、設計に際しては、それらがユーザインタフェースの設計に新たな自由度だけでなく新たな課題ももたらすという事を理解しておく必要があります。ユーザインタフェースの設計においては、電気的および環境的ノイズ耐性と、操作の簡潔さを考慮する必要があります。既存のスイッチを別のものに置き換えるだけと簡単に考えるべきではありません。静電容量式タッチ/近接インタフェースは、利点と課題を併せ持つ全く新しい技術です。結局、従来のシステムでは問題にならなかった新しい要因の影響で使いにくくなるようであれば、新しいインタフェースの魅力は一気に薄れてしまいます。

著者プロフィール

Keith Curtis
Microchip Technology
Technical Staff Engineer