モレキュラー忍者を製作した関西チーム
関西チームの分子ロボット「モレキュラー忍者」は、9月の中間発表の段階では「モレキュラーパックマン」とされていたが、障害物のマイカ(雲母)が沼という設定であり、水蜘蛛(みずぐも)を使って忍者が水面を移動するようなイメージであることから、正式名称をモレキュラー忍者にとしたという(東京チームの学生たちに勧められたたそうである)。また、海外で反応がよさそうというのも理由の1つだったようだ。ちなみに、水蜘蛛で実際に水面を渡る様子を動画で撮影するため、甲賀まで行ったそうである。日本チームはノリがよく、最終選考会でも大受けだったという。
関西チームは、仙台チームとデンマークのチームと共に世界初の分子ロボコンに参加する予定だったことは前述した通りで、関西チームはただ参加するだけでなく、分子ロボコンのコース設計も担当した。
DNAオリガミ(画像16・17)で作成するコースについては短辺が約50nmで、長辺が約200nmと前述したが、実際に作成した段階では、スタートとゴールの見分けがつくように工夫し、ゴール側のコース幅を若干狭くした。スタート側が50nm、ゴール側が37nmで、最終的に長辺は187nmとなっている(画像18)。そして、実際に作られたのは、長辺が194nm、短辺が51nmという具合だ(画像19)。また、DNAオリガミを用いたコースを雲母の上に貼り付ける形で設計された。
画像18。コースレイアウトのイメージ。当初はスタート地点もゴール地点も同じ幅だったが、判別しやすいようにゴール側の幅を狭めて製作された |
画像19。AFMによる画像。コの字型のコースができているのがわかる |
そして関西チームの分子ロボットだが、やはり分子スパイダー系だ(画像20)。面白いのが戦略で、コース上を通らず溝の上をショートカットしようとした点である。しかも、通常のコースにパズルのように凸型の分子オリガミをコの字型コースにはめ込み、すき間として残した溝の上を、足場を伝ってゴールを目指すという具合だ(画像21・22)。その足場を伝っていく様子が、忍者アクションに見えるというわけだ。
画像21。コの字型のコースに凸パーツをはめ込み、溝の上に足場を用意することでそこを伝ってショートカットしようという作戦を関西チームは考えた |
画像22。実際に凸パーツをはめ込み、コの字型から長方形になったコースのAFM画像 |
中間発表の時は質問できる時間がなかったのだが、今回は質疑応答が可能だったので、聞いてみた。「コース設計担当チームがコースを改造するのは、反則では?」という意地悪な(笑)質問である。すると、普通にコース上を通るのでは分子スパイダーの工夫をするしかなく、どうしても戦略が狭められてしまうので、グレーではあるが(笑)、あえて本来のコースではない部分を通るようにしたという。タイム的に短縮できる可能性が高いことに加え、溝の中にいるためにAFMで叩かれた時に影響を受けにくいという点もメリットだとした。
溝の中に設ける足場だが、研究室ではこれまで2nmの太さを持つDNA二重らせんで囲まれた窪地にはめ込まれた分子スパイダーがAFMで観察しても非常に安定しており、かつ明瞭に観察できたという知見がある。DNAオリガミ上に足場を設けるよりも、穴の中に足場を設けた方がAFMに対して打たれ強いのが実験で確かめられたそうだ(画像23)。
画像23。DNAオリガミの溝の中と平面上の、AFMによる打たれ強さの実験。3回目で早くも平面上のものは取れてしまうが、溝の中のものは18回のスキャンで1つが取れた。DNAスパイダーも溝の中を進んでいった方がコースから飛び出してしまう危険性をずっと低く抑えられるとしている |
なおコースの改造ではなく、ただ追加して足場を増やしただけなので、問題ないはずとしている。審査側もOKということであった(まだスタートしたばかりの大会なので、レギュレーションやルールがあまり厳密になり過ぎないようにしていたりもする)。
さらに、分子スパイダーがコースから溝の中の足場に移る、もしくはゴール手前でコースに復旧する方法だが、忍者がかぎ縄をひっかけて乗り越えていくようなイメージで長い足場で移るようにするという。
しかし、実は肝心の分子ロボコン自体は、残念なことに実施するまでには至らなかったのだという。その理由の1つが、関西チームも、仙台チームも、デンマークチームも分子ロボットを作りはしたが、移動するまでには至らなかったということがある。
しかも、デンマークチームに関しては、本来はタイム計測システムを開発する予定だったのだが、分子ロボットを作れないと判断したことから分子ロボコンの参加を辞退してしまったそうである。8面体に足を5本生やした分子スパイダーの改良型を作るには作ったというが、それで分子ロボコンには参加せず、ドラッグデリバリー用のカゴを作り、なんと今回の総合優勝に輝いたそうだ。
また、審査側も想定できなかった部分があったり、準備期間が不足してしまったりした部分(震災のためにスケジュールがだいぶタイトになってしまい、中でも仙台チームは母校の東北大の被害が大きいというのもあった)もあり、計測・審査などもしっかり準備を整えきれなかったようである。
前述したように、分子ロボコンは、一般的なロボコンとは異なり、多数のロボットが多数のコースを移動することになる。うまくコースに吸着できたロボットだけで計測を行う仕組みだ。そして、2時間なら2時間という一定時間内に何%がゴールできたか、という割合の高さを確認することで優勝チームを決定するのである。
まとめると、関西チームの分子ロボットは、歩くことはできずに終わった。作業の流れとして、まず溝を移動する仕組みを完成させてから、スタート地点から溝の中へ、また溝の中からゴールへというコース上の移動に取りかかる予定だったが、時間切れでそこまで至らなかったという。来年チャレンジする人たちにはぜひリベンジしてほしいとした。
それから、コースの各チームへの配り方だが、DNAオリガミを形作る1本鎖DNAは各チームで用意し、それを規定のコースの形状に折り曲げるための短いステープルDNAを関西チームが他チームに配り、コースは各チームが自チームの分子ロボットも混ぜた状態で作るという方式だったそうである。
なお、分子ロボコンは、分子ロボットが実際に移動するというコンテストそのものは実施できなかったわけだが、それまでの開発過程などでもって評価が行われ、関西チームが分子ロボコン初代王者ということになっている。
そして、Wikipediaの関西チームのページ「Molecular NINJA」はこちらだ。