ものづくりの現場に見る複雑性
では、その複雑性にはどのようなものがあるだろうか。例えば自動車メーカーであるFordは、米国市場向けに自社のピックアップトラックのカスタマイズ対応を行おうと思った。カスタマイズの対応範囲は、「ボディカラー」「納車場所」「納車時間」そして「オプション(各種機能)」だ。色を好きなように使えるコンピュータ上の理論的な組み合わせは数百兆に上る。実際にボディにペイントできる色数や実際に届けられる場所/時間を絞っても、数百万通りの選択肢が示され、最終的に1000通りまで絞り込んだ。
また、P&Gのように安価な生活雑貨品だからといってものづくりが簡単な訳ではない。同社の製品の1部を例として挙げれば、オーデコロンは10部品で30ドル、化粧品は102部品で20ドル、幼児用おむつは103部品を使用して10ドル、ロール状のペーパータオルは104部品を使用して3ドルで販売される。普段何気に使っている単純な非家電製品であっても、複雑にさまざまなパーツを組み合わせることで、快適な使用感を実現する努力がなされている。
また、デジタルスチルカメラの設計から製造、販売に至るまでの製品データの総量は2002年は1.8TBであったが、2008年にはこれが296TBまで爆発的に増加している。機器の複雑化により、単なる図面データだけでなく、各種の解析データなども含まれるようになったが、今後、さらなる高機能化が進めば、さらにデータ量は膨れ上がっていくこととなる。
JSF(Joint Strike Fighter)計画に見る複雑性。航空宇関係係は部品数が多く、特注品も多々あり、またミスが許されないという事情から、製品とプロダクトデータのやり取りという点での複雑性は非常に高い分野だ(資料提供:シーメンスPLMソフトウェア) |
こうした事例は大企業ばかりではないか、という意見が出そうであるのでちょっと視点を変えるが、東日本大震災が発生したとき、実際に中小企業に発生した問題がある。何か。職人的なものづくりのノウハウの喪失。誠に残念なことながら、その職人のあたまにしかない図面、技術、経験などが失われてしまった。
そうした事実は何を意味するか。その人にしかその部品が作れないのだから、最終製品も当然のことながら作れなくなる。同震災で生じたサプライチェーンの混乱には、そうした部分も含まれていた。そして、こうした問題は災害に限らず、事件や事故、高齢化による引退など、さまざまな問題で発生することとなり、特に急にそうした事象が発生した場合、設計変更をどこまで良いか、といった問題が生じることとなる。
こうしたものづくりにかかわる様々な課題をPLMを活用することで解決が可能となる。これは中小企業であっても同様だ。もちろん、職人の神業的な部分はデータに残すことはできない。それでも、最低限、どういった寸径で、どういう形で、どう作っていたかは残ることになる。
良いものを楽して作るためには
そうしたデータを3D CADや製品データとして残す。3D CADは今やものづくりの現場で欠かせないツールの1つだが、PLMを構成する重要な要素の1つでもある。理想的には設計、製造、カスタマサポート、コンポーネントやパーツメーカー、すべてが同じデータを活用でき、連携して開発できれば、多様なデータフォーマットをやりとりして、変換して、という面の複雑さは解消することができる。多くのPLMメーカーがそうしたツールの活用を最近提唱してきているし、各ツールの使い勝手もそうしたものを意識したものへと改良を進めてきている。
例えばPTCはユーザーエクスペリエンス、Dassault Systemsもライフライク・エクスペリエンスと題して、複雑なものづくりに対応するためPLMソリューションを展開しようとしている。また、シーメンスPLMソフトウェアもデジタルライフサイクル管理ソリューションとして、"オープン"なPLMプラットフォームの提案を行っている。
このシーメンスPLMのオープンというのは例えば、2D CADや3D CADがどこのメーカーのどんなフォーマットでも読むことができるというようなことを指す。これであれば、どんなフォーマットの図面データが送られてきても、それを見ることが可能だ。
商品の複雑化は、今後、単純になることはない。ただ、ものづくりの有り方もそれに併せて複雑化すれば、そこに待っているのは、商品化の遅れによる販売機会の喪失であったり、グローバルビジネスへの対応遅れであったり、ということになる。それは中小企業も同様である。むしろ中小企業の方が、いわゆる「系列」による垂直統合型ビジネスの崩壊の影響を受けやすい。そこで得意分野に特化した企業群が必要に応じて合従連衡するバリューチェーン特化型ビジネスモデルへと変わろうという動きがでてくるが、それでも競争原理は変わらずに存在し、そうした環境下で生き残るための戦略が必要となる。自社の製品や事業の特性、コアコンピタンスの明確化と、完全中立な立場による量的拡大の実現。すべての製品市場は創生期から成長期、成熟期とライフサイクルが変わり、それに併せてビジネスモデルの変化も求められる。PLMを上手く活用し、さまざまな企業とデータの連携を保ち、協調および協力して製品の早期立ち上げに挑む。これが大企業はもとより、中小企業であっても、求められる時代が目の前に迫りつつある。