絵本からスタートし、様々なキャラクターグッズも発売され、日本中の子供達に広く愛されている「くまのがっこう」シリーズ。海外でも刊行され、絵本だけでも累計170万部を突破した人気コンテンツを生み出したクリエイター 相原博之氏に話を訊いた。
相原博之
1961年宮城県生まれ。「くまのがっこう」原作者/プロデューサー。早稲田大学第一文学部卒業後、調査会社を経て大手広告代理店に入社。マーケティングプランナーとして、キリンビールのキャンペーンを手がける一方、時代評論、トレンド分析等で活躍。2000年7月、バンダイ入社。キャラクター研究所の主任研究員として、キャラクターと現代社会に関する調査研究を行い、精神科医香山リカ氏との共著『87%の日本人がキャラクターを好きな理由』を発表。2000年に絵本レーベル「Pict.Book」を立ち上げ、イラストレーター 長崎訓子初の絵本をプロデュース。2002年「Pict.Book」第3弾として発売した『くまのがっこう』では自らストーリーを担当(絵 あだちなみ)。2005年 キャラ研を設立し代表取締役社長に就任。
絵本として、永く愛される定番を目指した
――まず、「くまのがっこう」成立の経緯と、相原さんの役割を教えてください。
相原博之(以下、相原)「元々は、広告会社でプランナーをやっていて、バンダイにヘッドハンティングされたんです。最初はキャラクターの調査研究をやっていたのですが、『キャラクターを作って稼げ』というオーダーが会社から出たのです。バンダイという会社は、アニメや玩具で展開する大掛かりなキャラクタービジネスが多いのですが、キャラクターの世界では、絵本などから次第に成長していき300億円程度の市場に育つようなケースも多い。バンダイでは、その部分をトライしていなかったので、僕はそういう方法で新しいキャラクターを育てようとしました」
――プランナーをされていたとのことですが、相原さん自身はキャラクタービジネスに関わった経験はあったのですか。
相原「まったくなかったですね。前職では、あくまでもクリエイティブ寄りのマーケティングプランナーという役割でした。クリエイティブの戦略論に関わっていて、糸井重里さんと組んで仕事をすることなどが多かったです」
――「くまのがっこう」のキャラクター創造や展開に関して、最初に目指したのはどのようなことなのでしょうか。
相原「絵本として本屋の定番になる、永く支持されるということです。くまというのは、普遍的な人気キャラクターで、お話の舞台は学校です。『くま』と『学校』で、教材として利用されるような絵本を作ろうとしました。とにかく絵本としてしっかりしたものを作る。そうしないとキャラクター展開までいかないんです。あだちなみさんに描いていただく絵の部分に関しては、お洒落さや新しさが当然あると確信していましたので、あえてべーシックな部分に力を入れたんです」
「くまのがっこう」シリーズ
――そのベーシックな部分に関してもう少し詳しく教えてください。
相原「図書館や児童館に置かれるような絵本にするという事ですね。装丁にしても、テーマはニュースタンダードでした。前から欧米にあった絵本の翻訳ではないかと思うほどに、絵も装丁もスタンダードなものを目指しました。結果として、定番とお洒落な部分のバランスが上手くとれて、若いお母さんや子供に受けたのだと思います」
――確かに、絵や雰囲気が欧州っぽいですね。
相原「でも、お洒落なだけでは駄目なんです。はっきり言って、お洒落な絵本は市場に多い。そういう絵本は、美術、アート、サブカルチャー的なカテゴライズをされ、売り場もそういう場所になります。それでは、絵本としては売れない。親子が見てくれる絵本売り場に置かれなければならない。お洒落な絵本を出して気取るのが目的ならそれでもいいのですが、僕はその先に何十億レベルのキャラクター展開を目指していたので、親子のところに定番としてしっかりと入り込む必要がありました。逆に、出来るだけお洒落度をそぎ落として定番化していこうというような感覚もありました」
――クリエイティブの過程で、そういった着地点の認識は、全スタッフ間でしっかりできていたのでしょうか?
相原「そうですね。絵と文を僕とあだちさんのふたりだけでやっていたというのも大きいと思います」
――デザインに関して注意した点を教えてください。
相原「ラフの段階からデザインに関しては細かくやり取りしましたね。これほど細かいやりとりをする絵本は他になかったと思います。ただ、独特の色使いや、小物のセンスなどはあだちさんの持ち味ですね。そこは、彼女も強いこだわりを持ってやっていました。あだちさんは、洋服を描きたいがために絵本を描いているような人なので」
――「くまのがっこう」に限らず、くまというのは、本当に数多く存在する定番キャラクターです、そういう意味で、独自性を持ったくまのキャラクターの確立が必要だったと思います。「くまのがっこう」では、それはどのような部分なのでしょうか。
相原「表情ですかね。表情があるような、ないような微妙な表情を目指しました。実は子供ってニコニコしていないんですよ。いつもぷんぷん怒っているような顔をしていて、時々泣いたり、笑ったりするからそれが可愛い。その表情の感じを『くまのがっこう』では、出したいと思いました。口のラインの左右の長さが微妙に違っていたり、表情にはかなりこだわりましたね」
――独自の表情と同時に、「くま」のキャラクターとして外せない部分もあったと思うのですが。
相原「そこは、伝統的なテディ・ベアのデザインを私たち流にアレンジしたという感じです。ダッフィもスージー・ズーも、愛されているくまのキャラクターは全て近いラインにあると思います。テディ・ベアから大きく離れたラインのくまのキャラクターは上手くいかないんです」
――新しいキャラクターを生み出すとしても、「くまのがっこう」では、定番化を目指し、伝統的なラインを守ろうとしたという方法論が意外でした。
相原「新しくしないというのも大切な事です。これまでにない新らしいキャラクターという考えかたはできるだけ排除しました。新しいものを作らないといっても、僕がやれば新しいものにはなる。テディ・ベアという長く歴史を刻んできた愛されるデザインを学んだ上で、自分のキャラクターとして創造する。これは、ある意味高度なデザインです。ただ新しいだけでは、それは価値を持たない新しさです。時代性、キャラクターの置かれている状況などを考えて、『新しく見えない新しさ』を追求しました。実際にテディ・ベアとジャッキーを並べて見たら、まったく違います」