冨の量や成功のレベルに関わらず、人生を捧げる
――この作品では、過去の旅、現在の旅、美しい自然、破壊される自然、環境問題、それらに関わる人々の姿などが、同時進行で描かれていきます。なんというか、多重構造的なスタイルのドキュメンタリーなのですが、監督はこれらのフラグメンツのどの部分にフォーカスして作品を作っていったのでしょうか。
マロイ「確かにこの作品は多重構造的です。私がやりたかったのは、様々な角度から自然や環境を描くという事です。ただ、撮影当初は自分自身でも、どのような方向にこの作品が向かうのか、手探りな部分もありました。この作品では、300時間を超えるインタビューや記録映像が編集前に素材としてありました。やろうと思えば、それぞれのテーマで1作ごとにドキュメンタリー作品が出来てしまうほどの映像素材があったのです。だから、編集では本当に苦しみました(笑)」
――パタゴニア創業者 イヴォン・シュイナードとザ・ノース・フェイスの創業者 ダグ・トンプキンスも重要な人物として作品には登場しますが、成功した企業人としてのふたりの姿はいっさい描かれていません。これは意図的なものなのでしょうか。
パタゴニア創業者 イヴォン・シュイナード(画像左)とザ・ノース・フェイスの創業者 ダグ・トンプキンス(画像右)。共に冒険の旅をしたふたりは、企業家として大成功し、現在はそれぞれのスタンスで環境問題に取り組んでいる |
マロイ「それは意図的なものです。このふたりがどうやってアウトドア業界の中で大物になったかを描きたいという気持ちも、確かにありました。ですが、個人的にはそれはメインテーマではないと思ったのです。あくまでも、環境保護の活動家として、ひとりの人間としての彼らの姿を伝えたかった。多くの人は彼らを見て『多くの冨を得た成功者』と見なすと思います。ですが、私としては、冨の量に関係なく、自分の人生を捧げたいことに捧げるということが大切だと思うのです。彼らの場合、それは自然を守るという事でした。だから、その取り組みを作品では描きました。その自然に対する行為において、成功や冨の度合いは関係ないと私は思います」
自然に向かう人間の無垢な部分をあえて捉えた
――この映画の登場人物からは、非常にイノセンスというかピュアな印象を受けました。サーフィンを楽しんだり、アウトドア、自然に親しむという人々は、そういうイノセンスだったり、ピュアな部分を自分自身の中に大きく持っているのでしょうか。それとも、あえて監督は彼らのそのような部分にフォーカスしたのでしょうか。
マロイ「それは、非常に重要な部分です。確かに自然と深く関わっている人たちというのは、地に足が付いているというか、イノセンスな部分が必然的に性格の中に一部として存在していると私は思います。私は監督として、彼らのそういう面をあえて捉えました。彼らのそういう側面から、観た観客にインスピレーションを得て欲しいという気持ちがあったからです。もちろん、彼らも人間ですから、そういうイノセンスな部分だけでなく、もっとハードというかエッジの立った部分もあります」
――自然とそれを取り巻く環境問題を考える時、避けて通れないファクターとして「都市生活者」の存在があると思います。この作品でも、描かれているように、都市で仕事を持ち、都市に暮らし、自然には親しまないという人々に対して、環境問題に関して、危機感がリアルに伝わりにくいという側面があると思います。都市に居ると自分の問題としては捉えられないというか……。そういった温度差のような部分に関して、監督の中で解答というか、解決への方向性は見えているのですか?
マロイ「私の過去の経験から言うと、アウトドアをしなかったり、自然に親しんでいない人々に環境問題に関して私が熱く語ったとしても、絶対にその人たちが何かをするということはないです。ですから、私が望んでいるのは、この映像をきっかけに観ている人々が、自ら自然の中に入っていきたいという気持ちになり、自然に親しむということです。そこからインスピレーションを受けて、『この自然を守りたい、何かしたい』という気持ちになって欲しいのです。『自然のために、何かしてください』と言われて環境問題を考えるのではなく、自然とそういう気持ちになる。自然を守ろうとする動きが、自然の中で自然と生まれる。そういう自然のソリューションのようなものが機能するというのが理想です。この映画を観て、海辺を歩いたり、小さな公園を歩いたりして、そこからインスピレーションを受けていただけたら、ありがたいです」
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撮影:糠野伸