「すべてに成功しているわけではない。だが、挑戦せずにいられない」「環境問題にいま取り組む勇気を。われわれには責任があるのだ」 - 短くなる景気のサイクルに振り回されがちな昨今、はっとするような言葉が、独SAPが5月に開催した「SAPPHIRE Now 2010」の基調講演で聞かれた。
基調講演に登場したのは、英Virgin Groupを創業し会長として巨大な複合企業の舵取りをするRichard Branson氏、政治家から転身、著作『不都合な果実』など環境問題への取り組みでノーベル平和賞を受賞したAl Gore氏の両氏。環境問題、イノベーションがテーマとなった。
まず独フランクフルトのステージに登壇したBranson氏が、インタビュー形式で持論を披露した。
Virginと聞くと何を連想するだろうか? 「Virgin Atlantic Airways(ヴァージン航空)」「Virgin Records」…… 英国在住者に聞けば「Virgin Mobile」「Virgin Media」なども挙がるだろう。複合企業は世界中に数あれど、Virgin Groupがユニークな点は、航空、音楽、飲料、燃料、さらには宇宙旅行と多くの産業にまたがる点だ。
Branson氏のビジネスライフは、16歳で『Student』という雑誌を発行したときにはじまる。Virgin Groupを1970年に設立(法人化は1989年)、間もなく還暦を迎えるBranson氏はその間、実に300以上の企業を立ち上げてきた - まさに「Virgin帝国」と言えよう。Branson氏は1999年にナイトの称号を授与されている。
まずはVirginにとってITはどのぐらい重要なのだろうか。Virginという巨大船をきちんと動かすという意味で、ITに100%依存している」とBranson氏。きちんと動くという土台としてのITに望むことは、簡素化だという。「IT機器のカーボンフットプリントは大きく、増加している。もっと機器を簡素化し、環境フレンドリーにしてほしい」とBranson氏。「ITはギガトン級のCO2を削減できる。(業界は)効率のよいITシステムだけではなく、いかにしてCO2排出を削減するのかをもっと考える必要があるのでは」と提議した。
経営という点では、"Move Fast、Move Quickly"を主義とするVirgin Groupは、従業員が200人を超えると企業を分割するなど、傘下企業をスリム化しているという。「これは非常に重要」とBranson氏は言う。「企業は人」「モチベーションを高め、奨励し、決して批判しない」とも語る。"帝国"は5 - 6万人の従業員を抱えるが、「Virginで働くことを誇りに思っている社員ばかり。収益を上げるだけではなく、さまざまな形で地球の問題解決をしているから」と胸を張る。そして、「企業はもっとコミュニティ、国、国際的問題に取り組むべきだ」と呼びかけた。
どの業種の企業にとって大きな課題であるイノベーション。アイディアの宝庫のようなBranson氏にとって、イノベーションのキーワードは「パッション」にあるようだ。夢みたいなことをビジネスに変えてきたVirginだが、最新の取り組みは宇宙旅行だ。「10年前に宇宙に行きたいと思った。となると宇宙船が必要になる。そこで技術者を探していたら、Burt Rutan氏に出会った。Rutan氏と共に安全な宇宙船を組み立てており、民間人の宇宙旅行ビジネス展開に次第に近づきつつある」とBranson氏。「何かにパッションを感じたら、(自分がすべてできなくても)それを実現するのに必要な人に出会うことができる」と述べる。
Branson氏はこれに加え、「あるアイデアに対してもう1つプロジェクトを加えるようにしている」とも語る。宇宙プロジェクトの場合、大陸間を高速に移動することに応用できないかと狙っているようだ。「フランクフルトからシドニーまで2時間半で行く、そんなことが実現するのではないか」と言う。
そんなBranson氏が宇宙と共に注目しているのは、環境と紛争解決だ。環境では、代替エネルギーに触れた。「これまでの燃料は枯渇しつつある。2、3年で代替エネルギーの利用を本格化させていく必要がある」とBranson氏。砂糖ベースなど、航空機で環境にやさしい燃料を使うことを少しずつ進めているとのことだ。紛争解決は国連などが取り組んできた難しい課題となるが、「ソーシャルセクターが挑戦しているのとは違うアプローチで解決できないかと考えている」と語る。
「これまで不可能と思ったことはあるか?」という最後の質問が出ると、Branson氏は「すべてに成功してきたわけではない」と述べ、「やってみたいという気持ちに抵抗できない」と笑う。圧倒されそうなバイタリティの秘密は、好奇心、人生と人類への愛、不屈の精神にありそうだ。