全社システムにSAPを採用、2年間で約60のグループ企業に導入
――2年間という短期間でグループ全体にSAP R/3を導入したということですが、プロジェクトはどのように進められたのでしょうか。
三井氏: 当時のミッションが、2年間で海外も含めた約60のグループ企業に導入することでした。そのためにはどうすればよいかを考えたのです。
まず各社の違いが大きい生産管理と人事給与をプロジェクトの対象から外し、インタフェースを用意して、後は各担当部門に任せる方法を採りました。勘定系の基盤は基本的に各社同じはずだと考え、基盤を1つ作って共有することに決めました。それが1番シンプルであり、全体の統一化も図れます。三井金属はそうしたシンプルな発想ができる企業なのです。
組織としては事務局3名と実行部隊15名でプロジェクトチームを編成し、「開発はしない」、「SAPのビジネスモデルを徹底的に使おう」ということを原則にしました。各部門からのアウトプットに対する問い合わせは、実行部隊では一切受け付けずに、どうしても必要な場合は事務局が交通整理をすることで、原則としてアドオンゼロを目指したのです。
1997年4月に三井金属社長の号令の下、組織体制が整えられ、連休明けからプロジェクトがスタートしました。1年で三井金属本体にSAPを導入し、翌年には関連会社に広げるという2年間のプロジェクトです。
開発環境も6月くらいには準備ができ、SAPのトレーニングを受けた実行部隊が主体となってパラメーターの設定に取り組み、日立さんにはサポートをお願いしました。責任は私たちが取るという姿勢が大事だったんです。
8月にはプロトタイプが完成し、関係する責任者を対象に説明会を開催しました。プロジェクトメンバーは本当によく頑張ったと思いますね。
1年後の4月には三井金属の基幹システムを新システムに切り替え、新しい業務体制に移行しました。結局、2年間では、国内の数社と海外子会社が残る形になりました。改めて月次ベースの連結決算に取り組み、現在では、海外子会社を含めて連結対象55社にSAP R/3が導入され、グループ経営の最大の武器である月次連結決算を実現しています。
グループ55社が1つのSAP R/3を共同利用するという、当時は誰も現実には考えなかった方法でした。それを実現し、周囲から高く評価していただいたことは、現在のSAPの主要サービスパートナーとしてのポジションにつながっています。
業務を理解する力を磨く、ヘルプデスクでの業務
――これから求められるのはどんな人材だとお考えですか。
三井氏: 必要なのは業務を理解する力です。直接経験できる範囲は限られていると思いますが、これまでの経験や接点から業務の内容を類推することはできるはずです。少なくとも肌感覚でとらえることはできるのではないでしょうか。
当社の場合、三井金属向けのグループと外部向けのグループの大きく2つの組織に分かれていますが、どちらもSAPというプラットフォームでビジネスをどう実現するかに完全にシフトした仕事をしています。その面からも業務を理解することは重要です。
さらに実際の仕事としては、開発とヘルプデスクの2つがあります。ここであえてヘルプデスクを柱の1つとしているのには、訳があります。
三井金属グループにSAPを導入した際にも、ヘルプデスクが重要な役割を果たしました。1998年4月の新業務体制のスタートに合わせてヘルプデスクを開設しましたが、開発のパワーを維持するために、開発ではなく運用チームから5名を選出して、1カ月間SAPの操作面を勉強してもらって、ヘルプデスクを担当してもらいました。
当然、ユーザーがSAPの操作に慣れるに従って、ヘルプデスクへの要求レベルも上がってきます。ヘルプデスクの担当者は大変だったと思います。でもユーザーには直接開発チームに連絡しないようにお願いしました。ヘルプデスクだけで対応できる体制を作りたかったからです。おかげで関連会社に対しては、ヘルプデスクチームがすべて対応しました。
――ユーザーの業務を理解するにはヘルプデスクが鍵となるということでしょうか。
三井氏: ヘルプデスクが業務を理解する原点だと考えるには、3つの柱があるからです。1つ目は「ユーザーにきちんと応えること」。これは当然であり、普通のヘルプデスクはここで終わってしまうかもしれません。
しかし、SAPの世界では、それだけでは意味がありません。「SAPは現場が活用するもの」という2つ目の柱が必要です。すでに使えているユーザーに対しても、もっと良い使い方を伝え、活用度や利用度をアップさせる役割がヘルプデスクに求められます。
3つ目は「ITの進歩は早い」ということです。進歩の早いITに個人や個別の企業が対応するのには、無理があります。SAPは世界のリーダーとして、ITの進化をいち早く取り入れています。ヘルプデスクは、次々と追加される新しい機能を現場感覚でとらえ、理解し、伝えなければなりません。そこにも、業務を理解する力が当然、求められています。
当社では、ヘルプデスクチーム全員にSAPの認定資格を取得させています。そして業務的視点をベースに、どういうアプローチが求められているのかを理解させています。SAPの世界は深く、生半可な力では対応できませんが、ユーザーの利用に徹底して目を向けることで、専業の立場から応えていくようにしています。
トータルな業務の流れが分かる「人間ERP」が理想の人材
――確かにSAPの世界は深く、精通するのは大変だと思いますが、具体的にはどんなアプローチを求めているのでしょうか。
三井氏: SAPには多くの認定資格がありますが、専門領域から出ようとしないのは、ERPの技術者としては問題です。ERPは全部統合されてこそERPであり、トータルな業務の流れが理解できないと意味はないのです。そこで10年前から1人で複数のモジュールの勉強をしてもらうようにしています。
本音としては、初めからトータルに学んでもらいたいのですが、現実としては、1つの入り口から始めて、それを強みとして範囲を広げていってもらっています。
当社では、SAP導入に当たってのテンプレート機能を活用した「リアルモデル」というソリューションを提供していますが、これは業務教育を行う仮想モデルとしても理想的な教材です。仮想のストーリーに沿って、会計から購買、調達といった業務プロセスを学ぶことができます。実際に十文字学園女子大学でリアルモデルアカデミーという講座を開設しています。
――「リアルモデル」はSAPの価値を高めていると言えますね。
三井氏: SAPは業務に直結した仕組みです。ほかの単一目的のシステムでは、使い勝手が良いために、業務そのものの本質を考えなくなりますが、SAPは業務を分かった人が使うには最高の武器だと言えます。そのSAPをベースにした「リアルモデル」では、業務をトータルで見ることができるようになります。
私は、社員に「人間ERPになってくれ」と言っていますが、SAPの細部を100%理解するよりも、トータルで分かっていることが重要です。業務の本質さえ分かっていれば、「リアルモデル」を活用して、極端に言えば3日でSAPを導入できるはずです。
自分のビジネスをERPでどう実現すべきかと考えているお客様は、細かいところよりトータルで理解してくれる人材を求めています。それに応えられる人材として「人間ERP」をぜひ育成していきたいですね。
※ 本稿は、SAPジャパン発行の『SAP CERTIFICATION VOL.6』に掲載された記事『EXECUTIVE INTERVIEW』を一部加筆/編集のうえ転載したものです。