中野氏は「常に私たちは『広告主』『メディア』『生活者』という3つの視点を網羅した形で、メディアの開発や提案を心がけています」と語る。NTTと共同で行った350万人規模のフィールド実験においても、デジタルサイネージが広告メディアとして成立するにはどのようなクリエイティブ(広告制作物)が最もリーチを高めるか、そして音の有無やモニタサイズ、縦・横の設置方向、時間帯やコンテンツ、複数回の接触などでどれくらい認知度に違いが出るかの検証を行ったという。
「生活者に見てもらえて、同時に広告主のクライアントニーズを満たすようなメディアにならなければ、デジタルサイネージの広告市場はなかなか伸びていかないと思います。そうした意味で、一定規模以上のリーチポテンシャルを持つ実験環境を構築し、接触パターンごとの認知度や購入意向の違いなど細かいデータを調査していきました」(中野氏)
確かに現在でも山手線の「トレインチャンネル」や東急電鉄の「東急ビジョン」など、デジタルサイネージ単体の成功例は存在する。しかし、今回のフィールド実験は世の中にデジタルサイネージが浸透し、それらがネットワーク化されて1つの大きなメディアに成長した場合にマスメディアに近い価値を持つ、という予測からの測定も含まれているのである。
デジタルサイネージでは、効果測定方法や指標が場所・時間ごとに異なってくるが、この点について中野氏は「まだ具体的な計画はありませんが、当然ながらデータや広告購買指標などは必要です。特に最近では、ある程度の指標を提示しなければクライアント側も納得できなくなってきており、ROI的な視点が求められるといえるでしょう。デジタルサイネージが広告メディアとして、今後どのような成長を遂げるかという点で、指標策定は裏表一体の関係だと思います」と語る。
データ収集の方法に関しては、画像認識で通行人の数や顔の向きなどをリアルタイムで測定するといった技術も出てきている。しかし、これらをすべてのデジタルサイネージに設置できるかといえば、コスト的に非現実的であり、現状で参考になるのは歩行者数や交通機関の乗員数から算出するサーキュレーションデータ程度といえる。
「大型ビジョンやロードサイドに設置されたボードなど媒体数が多いので、ロケーションごとにデータを取るわけにはいきません。デジタルサイネージという媒体に適した広告購買指標に加えて、このような測定技術についても今後の課題といえます」(中野氏)
また、ロケーションに適したコンテンツも課題の一つとなっている。一般コンテンツが広告より注目度が高いのは誰の目にも明らかで、よほど興味がない限り広告だけの画面を眺める確率は少ないだろう。ここで消費者を振り向かせる仕掛けが必要であり、「楽しい」「興味がある」「綺麗」「見たい」というコンテンツがあってこそ、その間に表示される広告が活きてくる。
中野氏が「媒体価値は消費者が見てこそ生まれるもので、見られなければゼロなのです」と語るように、たとえ人通りの多い場所に巨大なデジタルサイネージを設置しても、魅力のないコンテンツしかなければ誰も見ようとしないのだ。これが家庭のテレビならば、視聴者が自発的に見ようとしてスイッチを入れているため、たとえテレビCMを認識していなくても視聴環境としては問題がない。一方の屋外では環境がまったく違うので、情報も含めたコンテンツがより重要といえるのである。
クライアントが意識する2つの期待
クライアント側の意識について中野氏は「テレビを見ない人々に対しての補完、そして購買直前接触が可能という2つの期待を持っています」と語る。
購買直前接触の効果については従来のアナログ広告でも変わらないが、デジタルサイネージならではの特徴としてタイミングを選べるのは大きい。例えば、山手線から郊外に帰宅するOLを対象とした広告を流したい、ということも可能なわけだ。実際に一定の期間貼り続けるアナログ広告に対して、朝や夕方だけ見せたいと感じているクライアントも多いという。特に地元の居酒屋チェーン店など、特定のエリアで数店舗を展開しているようなロングテールのクライアントではニーズが高いだろう。
ただし、中野氏が「出稿コスト自体は比較的安いものの、初期設置に関する費用を誰が払うかといった問題もあります」と語るように、時間指定で流せる広告がアナログより高ければコストメリットが大幅に低下してしまう。言い換えれば、テレビと同じように需要と供給のバランスを取り、初期コストが必要ないビジネスモデルを成立できれば、広告メディアとして飛躍的な成長を遂げられるのである。
このようにデジタルサイネージはいくつかの課題を抱えているものの、非常に大きな可能性を秘めた市場といえる。
最後に益子氏は「マスメディアになるには『点』ではなく『面』で捉えていく必要があります。単純に技術だけを勧める無責任なアピールではなく、私たちが他の媒体で培ってきたノウハウや知見をアドバイスできるような体制を築き、デジタルサイネージの広告メディア化に貢献していく予定です。それが広告会社としての役割であると同時に使命だと考えています」と、デジタルサイネージに対する意気込みを語ってくれた。