重元素の生成に関しては、自然界に存在する元素(同位体を含む)は約300種であり、加速器などで作られた寿命の短い元素を含めると約3,000種の原子核が知られているが、まだ、未知のものが7,000種以上存在すると見積もられている。超新星の爆発の中で、中性子の獲得などにより、以下の写真の青い線で示した未知の原子核の状態を通って、最終的に安定に存在する300種にたどり着いていると考えられているのであるが、これらの未知の原子核の性質が分からない状態では重元素生成のモデルが組み立てられない。

原子核の種類を示す図。(縦軸が陽子数、横軸は中性子数。黒が安定原子核、周囲の薄茶色が既知、その外側は未知の原子核)

これに対して、原子量が小さい範囲では量子分子動力学計算、中程度の原子量ではモンテカルロ殻模型計算、大原子量を含む全体に対して密度汎関数法計算といった手法で、原子核がどのような振る舞いをするかの計算が行われている。殻模型による計算では、原子量が大きくなると対角化する行列の次元が大きくなり、計算量が膨大になる。そのため、現在の1TFlopsの性能のマシンを数年間連続使用しても、質量数100程度までの原子核についての1~2主殻計算ができる程度で、これが1PFlopsとなると質量数200以下の2主殻計算、すべての核種の2主殻計算には1ExaFlopsのマシンを数年間占有する必要があると見積もられている。

なお、実験的にこれらの未知の原子核の振る舞いを観測しようとするアプローチとして、理化学研究所のRIビームファクトリが稼動を始めているが、この施設を使ってもすべての未知の原子核が生成できるとは限らず、生成が難しい原子核については、計算による性質の解明が必要となるという。

軽いクォークの実質量での計算は現状では不可能

ビッグバン初期の高エネルギー状態や、中性子のコアに存在する可能性のあるクォーク物質の理解には小林・益川のQCD(Quantum Chromo Dynamics:量子色力学)理論による計算が必要となる。また、QCDによる計算で、クォークの集まりで構成されるハドロンの質量などを計算で求めることができるが、その計算コストはクオーク質量の2乗に逆比例し、質量の小さいアップ、ダウンクォークの計算は現状では不可能で、10PFlops級の計算能力が必要となると見積もられている。

また、超新星爆発の結果、大部分の物質は宇宙空間に撒き散らされてしまうのであるが、コアの部分は中性子星などの超高密度の星として残ると考えられている。しかし、この中性子星の中心部は、さらに高密度で、ハイペロンやクォーク物質になっている可能性もある。ハイペロンに関しては、今年稼動を開始するJ-PARCで生成を目指すが、これらに関しても、理論計算が欠かせない。

また、宇宙で最初に出来た星の形成シミュレーションについても発表が行われた。ビッグバンでできた水素とヘリウムの僅かな濃淡が自己重力による凝縮で拡大され、濃かった部分に原始星が誕生する様子を重力と流体力学、輻射輸送、化学反応などの方程式に基づいてシミュレーションを行い、太陽質量の1%程度という小さな星が作られることが分かったという。この計算は、10万光年のサイズのガス雲から原始星を含む太陽系サイズの領域のシミュレーションを必要とし、画素数で言えば10兆ピクセルの解像度をもつ計算になるという。

そして、4つの力を統一する大統一理論の最有力候補の超弦理論によると、10-32cmという極微の世界では、素粒子は振動する弦であり、振動の様子で異なる素粒子となる。この超弦理論に基づき、ブラックホールの内部状態をシミュレーションし、ホーキングのブラックホール熱力学と一致する結果が得られたという研究が報告された。

このように、難しい話が多いが、"素・核・宇宙"の基礎科学は、なぜ、今の宇宙があり、太陽や地球があり、我々生物が居るのかについて、根源的な理解を与えてくれるという点で重要である。そして、この科学は、今やスパコンなしには、そのフロンティアを広げていくことは困難になっており、「大規模計算で切り拓く」というこのシンポジウムのタイトルが作られた所以であろう。

スーパーコンピュータはどうなるのか

これらのスパコンを使った基礎科学の発表に加えて、スパコンがどうなるかについて、筑波大の朴教授と国立天文台の牧野教授から発表があった。筑波大の朴先生の講演では、汎用CPUの傾向として、演算能力は順調に上がるが、メモリバンド幅が付いて行っておらず、データの供給や演算結果の格納がネックになっているという指摘があった。しかし、"素・核・宇宙"の計算ではアルゴリズム的な工夫が可能であり、必ずしもメモリバンド幅はネックとならず、GPGPUのような演算加速装置に期待すると述べた。

そして、計算科学では性能要求は際限がない。しかし、ベクトルSMPやスカラSMP方式での高性能の実現は、電力とネットワークバンド幅の点で限界となる。このため、超低消費電力技術を駆使した超並列方式と演算アクセラレータの組み合わせが有望という。また、"素・核・宇宙"の基礎科学の計算は、超並列プロセサでの分散処理には適しているものが多く、超並列化への対応は可能と(思われると)のことであった。

また、銀河衝突などの重力多体問題向けの専用計算機であるGrapeの開発で有名な国立天文台の牧野先生は、デスクトップやノートなどのCPUは、すでに十分な性能をもっており、今後、あまり速くならない。サーバ用CPUはコア数を増やして性能が上がっていくが、値段的にはかなり高価になると予想されると述べ、そろそろ科学技術計算向けには、汎用CPUに替わるのものが出てくるべき時期であるが、Grapeのような専用アクセラレータは開発費が高騰しており、開発困難になってきている。

GPGPUも対数グラフで書いた性能の伸び率はCPUと同じで、科学技術計算向けに機能強化するとやはり値段が高くなる恐れもある。多用途のFPGAの開発は継続すると考えられるので、うまくFPGAが使える分野では、FPGAがアクセラレータとして段々と普及すると述べた。しかし、どのアプローチでもメモリバンド幅は問題で、アルゴリズムと実装(3Dチップスタックなど)で回避する必要があると結んだ。