今回のシンポジウムで2回目となる若手研究者の研究を発表するポスターセッションは、今年は30件の研究が発表された。

そして、工学院大学の小柳教授を委員長とする10人の審査員により、最優秀賞1件、優秀賞2件が選ばれた。また、これらに加えて参加者の投票により特別賞1件が選ばれた。

今年の特別賞は、東北大学の佐藤氏らの「ベクトルプロセッサ用キャッシュメモリにおけるMSHRの性能評価」という研究に与えられた。ベクトルプロセッサは大きなメモリバンド幅を必要とするが、これはCPUチップのピン数の制約などから実現困難になってきている。このため、佐藤氏らは、ベクトルプロセッサにキャッシュを付けることを提案している。MSHRはMiss Status Handling Registerで、ベクトルプロセッサがメモリアクセスを行う場合にキャッシュミスを起こし、メインメモリにアクセスに行った要求を記憶する。そして、後続のアクセスでキャッシュミスが起こった場合にMSHRをチェックして、既にアクセス中のキャッシュラインにその情報が含まれている場合には、このキャッシュラインの到着を待ち、新たなメモリアクセス要求は行わない。このMSHRの使用により、メモリバンド幅が1Byte/Flopの場合、20%程度メモリロード時間を節約できるという。

そして、優秀賞には、防衛大学校の萩田氏の「高分子系の粗視化分子動力学法の超並列大規模コードの開発」と高度情報科学技術研究機構の牧野氏らの「新規ナノ炭素物質創製のための大規模並列探索シミュレーション」と題する研究が選ばれた。萩田氏の研究は、タイヤのゴムの中に分散したフィラーのナノ粒子の振る舞いを独自に開発した超並列コードで解析を行い、また、実際のゴムをSpring-8で観測し、結果を確認したというものである。スパコンでより良いタイヤ材料を見つけられれば、燃費の向上などに繋がるという。

牧野氏の研究は、炭素のナノ構造のエネルギーを第一原理計算よりも簡単な方法で評価し、どのような変形が起こりやすいかを比較的容易に判定できる方法を開発したというものである。マッカイ氏が存在を予言したマッカイ構造という4個のフラーレンが四角形に接合したような構造は、この方法で評価するとフラーレンを4個接合して作るのは、途中のエネルギーバリアが高くて難しいが、2本のカーボンナノチューブを接合する変形ではエネルギーバリアが低く実現の可能性があるという。マッカイ構造は実現されていないので、この結論が正しいかどうかは不明であるが、マッカイ構造を造ろうとする実験科学者に対してフラーレンを出発点とするよりもナノチューブからスタートした方が良さそうであるという指針を与える結果である。

最優秀賞は、国立天文台の斎藤氏らの「衝突銀河の超高分解能シミュレーション:スターバーストと星団形成」と題する研究発表が受賞した。従来は数十万粒子以下の規模で銀河衝突シミュレーションを行っていたが、この研究では、恒星、ガス、暗黒物質の合計3000万粒子という高分解能のシミュレーションを行った。このシミュレーションには、国立天文台が最近導入したCRAY XT4のOpteron 128コアを1ヶ月間占有したという。その結果、銀河の衝突によるショックウエーブで圧縮された高密度で低音のガスがフィラメント状に形成され、その部分で星が爆発的に形成されるスターバーストや星団の形成が行われる状況が出現することがシミュレーションで再現できたという。従来の低解像度のシミュレーションではこのような現象は見えておらず、新しい成果である。

(左)国立天文台の斉藤氏に最優秀賞を授与する小柳委員長。(右)副賞のSC2008派遣の目録を授与する理研の渡辺リーダー

そして、4つの受賞グループに対して小柳委員長から賞状とトロフィーが送られ、最優秀賞と優秀賞の3人には、副賞として、理研の渡辺リーダーから、11月にオースチンで開催されるSC08へのリポーターとしての派遣が贈られた。

余談であるが、特別賞は出席者の投票で選ばれるのであるが、この投票には頭を悩まさせられる。審査委員が良いと思い優秀賞や最優秀賞に選ばれるポスター発表にマルを付けると投票が無駄になってしまうし、逆にあまりニッチなものに投票しても、同じ考えの出席者が少なければ特別賞の受賞には貢献できない。

実は今回、筆者は、最優秀賞に選ばれた銀河衝突と、JAXAの福田氏らのロケット打ち上げ時の音響環境予測の研究のどちらに投票するかに迷って、結局、ロケットに投票した。銀河衝突に投票しなかったのは正解であったが、残念ながら、このロケットの研究発表は特別賞には選ばれなかった。しかし、興味深い研究であるので紹介しておきたい。

ロケットの打ち上げ時の爆音はものすごく、この振動が先端に搭載されている衛星などに伝わるので、それに耐える構造とする必要がある。どの程度の振動になるかは、現在はNASAで開発されたコードで音響解析を行っているが、福田氏らが開発したコードで詳細に解析した結果、ロケット先端での音量は、最大、NASAのコードの結果より10dBも小さいことがわかったという。そうすると耐震構造を簡素化でき、ロケットのペイロードの重量を軽くすることができる。

また、内之浦から打ち上げているM-Vロケットは、傾けた状態で打ち上げ、ロケットの排気を横方向に逃がすガイドがある構造になっているが、このガイドからの音の反射がロケット先端の振動を増加させていることが分かったという。そして、解析により、振動を減らす排気ガイドの構造を提案している。

ロケットの設計には、2KHz程度までの周波数にわたって解析する必要があるが,現状では60Hz程度までの音響しか解析できていない。2KHzまで解析するとなると、波長に比例して、メッシュサイズを1/30にする必要があり、解析のタイムステップも1/30程度にする必要があるということで、計算量は格段に増加する。従って、2KHzまでの全周波数帯域での音響解析を行うにはペタスケールのスパコンが必要になるという。

最後に補足であるが、全体セッションで提言を纏められた中央大の土居教授は慶応の名誉教授で、日本学術会議副会長、総務省、文科省、経産省などの各種審議会の委員を勤められる重鎮である。また、ポスターセッション委員長の小柳教授はスパコン業界の重鎮で、一昨年、東大を退官されて工学院大に移り、現在、情報学部長を務めておられる。