秒単位の判断ミスが成否を分けるプログラム取引の功罪

今回の問題を大きくした原因の1つとして挙げられているのが、プログラムによる株式の自動取引だ。アルゴリズム取引とも呼ばれ、コンピュータで組まれたプログラムが市場の各種材料や株価情報を吟味して、自動で売買注文を出す。アルゴリズムが優秀であれば人間よりも素早い判断ができ、また情や迷いに流されることなく機械的な判断で売買注文が行われるため、自動的に高い運用成績を出すことができる。ミリ秒単位で売買が成約する今日の株取引において大きな力を発揮する。

通信社の英Reutersは、2007年の全取引ボリュームの30%がアルゴリズム取引によるもので、2010年にはその割合が50%まで増加するという金融調査会社の米Aite Groupの予測を紹介している。だが機械が処理することゆえ、不測の事態に対応できないという負の側面もあるようだ。

例えば、手持ちの株が急落する事態に陥った場合、プログラムによっては迷わず損切りの判断を出すように設定されているとする。この場合、売りが売りを呼び、株価急落のスパイラルに陥ることになる。また金融サービス会社などが提供するニュースや銘柄情報などをフィードして、自動的に売買する仕組みもあるという。瞬間の判断ができるのは素晴らしいことだが、これが時としてマイナス方向に働く可能性がある。特にBloombergが配信したニュースが最後のトリガーとなったUALのケースの場合、人間が気が付いたときにはプログラムがすべての取引を終わらせていたという結果になりかねない。

トレーダー側とは別に、取引所の電子化が進むことによる弊害もあるようだ。米国にはNYSE Euronextの運営するNew York Stock Exchange(NYSE)と、NASDAQという2つの大きな株式市場があるが、前者が人手も介入するコンピュータ処理も含めたハイブリッド型なのに対し、後者は完全にコンピュータ処理化された取引市場である。

後者のような完全に電子処理される市場の場合、何か取引上のミスがあったときには後から修正する措置がとられる。一方で前者は逐次人手が介入する余地があり、株価急落など急激な変動があった場合、取引所の専門家が取引の異常をみて即座に取引停止の指示を出すことがある。2007年には、このようにしてNYSEでの取引が一時停止された銘柄として、Jefferies Group、AT&T、Wyethなどの名前が挙げられる。

今回問題となったUAL株はNASDAQで取引されていた。Reutersによれば、NASDAQが同社株の取引を停止したのはUAL側から問い合わせがあってから行われたということで、それまではNASDAQのオペレータが事態に気付いていなかった可能性がある。株価が12ドルから3ドルまで急落したのはわずか数分の出来事だったため、一歩間違えれば大惨事になっていた可能性もあった。

問題は小さなエラーの積み重ね、読者は情報を吟味する習慣を

今回のUALの件でわかったのは、各段階で積み重なったエラーが最終的に大事件につながったということだ。もし各々の箇所でチェック体制が1つでも働いていれば、事件にはならなかった可能性がある。

まず最初のエラーはChicago Tribuneの記事を掲載したSun Sentinel。Tribuneの主張のように記事の内容やURLにもいっさいの変更はなく、Googleのクローリングで勝手にニュースを拾われて配信されたことで一番の加害者に仕立て上げられてしまった点で、ある意味被害者だともいえる。だが前述のWSJの指摘のように配信記事に日付がなく、記事を確認しに来たGoogle News以降の読者を混乱させた点は問題だ。

次のエラーはGoogle。今回の件に限らずニュース配信側とたびたび衝突することが多いGoogle Newsだが、UALのケースにみられるようにGoogleを経由して獲得できるトラフィックが多いこともあり、ある意味黙認状態で、両者には微妙な距離感の共存関係が存在する。そのため、ひとたび問題が発生すれば真っ先にやり玉に挙がるサービスでもある。今回の問題はGoogleにアルゴリズムの改良を促すとともに、ユーザーがGoogle Newsを過信してはいけないという教訓を与えたといえる。知っておくべきは、分類アルゴリズムに未成熟な部分があるということ、そして記事リンクのタイムスタンプが「クローラがページを収集した時間」になっているということの2つ。ニュースを吟味するにあたってはリンク先のソースをきちんと確認し、その情報の扱いは自己責任という原点に回帰すべきかもしれない。

そして2次情報の配信を行ったBloomberg。これは市場調査会社の米Income Securities Advisorsがマーケットウォッチ情報としてUALの当該記事を紹介した投稿が、Bloombergによって広く配信されたもの。前述のようにBloombergの情報は金融街をはじめとする世界中のトレーダーや投資家が利用しており、これがさらに被害を拡大させる結果となった。Google Newsから伝搬した情報を広めたのがBloombergとなるが、2次情報の内容を吟味せず広めたという点で大きな問題だ。だが関係者らのコメントによれば、プログラム取引などの発達によってトレーダーが秒単位で判断を行うなか、情報提供者は1分1秒を争って情報を探して配信しているような状況だという。そのため、本来働くべきセーフガードが働かず、噂レベルに近い誤情報まで配信してしまう危険性があった。

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まだ進行中の出来事のため、これから別の見解が出て話が急展開する可能性もあるが、積み重なった小さなエラーが増幅し合って問題を大きくした点に着目したい。特にスピード競争に急かされるまま、情報や判断のクォリティが落ちてしまっているのではないかという点については、情報発信者の1人として筆者自らも反省したいポイントだ。ニュースの海で生活している方々も、ぜひ情報を吟味する感性をより養ってほしい。