電卓といえば、我々にとってもっとも身近で、かつ安価なIT機器だ。かつて企業向けだった電子計算機は、今や卓上どころか手のひらにさえ乗るパーソナル文具で、100円ショップでも買える。そんなご時世に、カシオは実勢価格約3万円(筆者調べ)という高級モデル「S100」を発売したのだ。そこで今回は、その企画とデザインに携わったお二人に、カタログに書ききれなかった部分まで根掘り葉掘り、お話を伺った。

カシオのフラッグシップ電卓「S100」 - 今の時代に3万円の電卓、なぜどうやって生まれた?(後編)

化粧箱に入ったS100。ブリスター入りの電卓にはない「所有する喜び」がある

高級車に乗る人でも電卓は安物、という現実を変える

「現在の電卓の低価格化は、これはもう由々しき事態だと思ったのです」

そう語るのは、カシオ計算機 第二開発部の大平啓喜氏だ。

カシオ計算機 大平啓喜氏

大平氏「電卓がここまで身近になるきっかけを作ったのは、当社の『カシオミニ』でしょう。とはいえ、低価格化があまりにも進んでしまった現在の状況には、やはり違和感を覚えます。もちろん、低価格なりの品質にも疑問がありました。

そこで、カシオの電卓事業が50周年という節目を迎えるこの機会に、あらためて電卓本来の価値を考え直そうと思ったのです。それをすべきは、社名に『計算機』を背負っているカシオの使命だろうと」

S100のデザインを手がけたのは、カシオ計算機 プロダクトデザイン部の宇都宮亮氏。

カシオ計算機 宇都宮亮氏

宇都宮氏「電卓の機能は、20年前から基本的には変わっていません。おそらく今後も変わらないでしょう。ボールペンや時計、カメラみたいなものですね。こういった『成熟した道具』は、質感や使い心地を追求した高級品と、価格優先の普及品に分かれていくのですが、電卓にはそれがなかった。

使い心地を徹底追求したものは、当社にも『本格実務電卓』シリーズがあります。が、これは経理を専門にされる方のための製品。今回のS100のコンセプトとは『似て非なるもの』です。

S100は、たとえば普段、仕立てのいいスーツを着て高級車に乗っている人が、商談の場で安っぽい電卓を取り出したら、あれっ? て思うじゃないですか(笑)。でも、実際にはそうだったりするんですよ。それを変えたいと思ったんです」

今までも、高価な電卓が存在しなかったわけではない。が、それらの多くはいわゆるデザイン家電的で、筐体が透明なアクリル製や未来的なアルミ製だったり、キーが極端に大きかったり、黒地に赤色LEDで文字が表示されるなど、見た目を変えることで新しさを訴求するものだった。

S100(左)は、熟成された性能と使いやすさを持つ同社の本格実務電卓(右)をベースに、各要素の付加価値を高めている

大平氏「デザインに凝った製品も、お洒落なカフェとかにはいいと思うんです。しかし、本格的なビジネスシーンでは浮いてしまうかもしれません。真面目に電卓を作り続けているメーカーとしては、その方向は選ぶべきでないと考えました。実際、社内の会議やデザインコンペでは、そういった案も出たんです。でも、最後までは残りませんでしたね」

前述のように、カシオにはすでにプロの経理の現場で鍛えられ、進化してきた本格実務電卓がある。その機能と性能はすでに社内外で高い評価を得ており、これを超えるのは容易ではないと思われた。

しかも、電卓を構成する要素は限られている。入力装置であるキーボード、液晶ディスプレイ、そしてそれらを包む外装。基本的には、この3つしかない。それでは改善しようにも限界があるのでは? と思われるが、「語り始めたらひと晩かかる」(大平氏)ほど、工夫(苦労)した点があるという。