予想通りの展開も敗戦

──ソフトの弱点を突く指し方は考えましたか。

そうですね、真っ向勝負をしながらも、ソフトの弱点を突いていこうとは考えました。本番の棋譜を見ていただければ分かりますが、出だしがちょっと変わっているんですよ。相掛かりの出だしから私が横歩取りに誘導したみたいな形ですが、普通ならあんな指し方はしません。ポナンザは、ああいう出だしなら必ず横歩取りにする癖があるというぐらいは練習で分かりました。

将棋会館のガレリアの前で慣れた手つきで操作する屋敷九段

──ということは、横歩取りでいくのがいちばん勝ちやすいということですか。

そうですね。電王戦も横歩取りになり、私は青野流と呼ばれる作戦をとりました。こちらの玉型が薄いのでリスクはあるのですが、相手もバランスを取るのが難しい。しかも、序盤はだいたい手が限られているので、ある程度までは進行が予測できる。すっきりした形でうまくはまれば一発で倒せるみたいな戦型にするのが勝ちやすいと感じたので、速い展開の指し方を選んだわけです。序盤は予想通りの進行になりましたが、それで簡単に勝てるほど楽な相手ではなかったです。

──それにしても、これまでタイトル戦を何度も戦った経験がある屋敷九段でも、将棋電王戦の舞台は異様な雰囲気だったのではないでしょうか。

そうですね、ロボットを前にして指すのはさすがに初めてでしたし(笑)。普段の公式戦で対局する棋士には慣れていますが、ロボット相手ではどういう感じになるかよくわかりませんでしたから。電王手君はちゃんとお辞儀とかもできるのでかわいいと思ったし、対戦しててもやりやすかったです。

──感情がないので、ふだんの公式戦のように相手の顔色で形勢を窺うようなことはできませんが(笑)。

ポナンザ開発者の山本さんはちょっと離れた場所でパソコンのモニターとにらめっこしていましたが、ジロジロ見にいくわけにもいかないので、ひたすら盤面に集中していました。ただ、ソフトが局面をどうとらえているのか、評価値がどうなっているのかは気になりました。

──終盤までは差があまりなくて、山本さんもハラハラしていたみたいですよ。

そうみたいですね、もっとよく見ておけばよかったですね(笑)。

──中盤で飛車と金桂香の3枚替えになり、屋敷九段の駒損になりましたね。

実戦独特というか、中盤は思い描いていたのと少し違う展開になったので、その場でひねり出したという感じです。相手の玉の薄いところを狙っていく展開になれば勝負できると思っていました。

──ポナンザが、いよいよ屋敷九段の玉頭を攻めようかという場面で、一転して△1六香と角取りに打った手に、皆さんとても驚かれていました。人間ではまず指さない類の手でしたね。対局中はどう感じましたか。

あれはですね、そんなに意表をつかれたという手ではないんですよ。将棋ソフトは駒得主義っていうんですかね、駒を取りにくる手が割と多いんですよ。玉をめがけてこないで大駒を取りにくる指し方は練習の段階でよく経験していたので違和感はなかったです。自分は指さない手だけどソフトはやってくる可能性はあるなと思っていました。

──ありがたいと思いましたか。

角を渡してそのまま攻め込まれて負けるパターンだけはいちばん避けたかったです。しばらく辛抱して、手番が回ってくるかどうかが勝負だと思っていました。

──終盤の△7九銀にも驚かされました。「王手は追う手」の見本のような手で、攻め駒がなくなるだけに盲点でした。

そうですね。私も全く読んでいなかったので、一瞬ありがたいと思ったんですが、よく考えてみるとそんなに悪い手ではなかったですね。なるほど、ある手だなと感じました。

──正直、焦りましたか?

ポナンザの狙いを把握しながら、なんとかいい勝負の終盤を続けていこうという感じですかね。しっかり考えていかなくてはいけないと思いました。

──―玉を上部に脱出しましたが、入玉も視野にいれていましたか。

たしかに入玉模様になれば、ソフトの評価値がおかしくなる可能性があります。寄せきられないことも大事だけど、こちらも相手玉を寄せきれるかどうか。ゴチャゴチャした終盤だったので、難しいと感じていました。

──あのあたりは持ち時間が1時間くらい残っていましたね。

ペースとしては悪くなかったのですが、もうちょっと時間を残しておけばよかったかもしれません。どこまでいってもなかなか決着が見えなかったので。

──結局、最後は時間を使い切って残念ながら勝ちきれませんでしたが、実際のところ入玉する手段はあったのですか。

敵の金銀がまだ残っていたので入玉は難しかったですね。ですので、こちらが寄せを狙ってどうかという将棋だったようです。あとで調べてみたんですが、こうやればいい勝負だったという筋はいくつもありました。正しく指していれば、まだまだ熱戦が続いていたと思います。実戦はあっさり終わってしまって残念でした。

──どのあたりで負けになったと思いましたか。

△8三歩で負けを意識しました。直前まで見えていなかったので、まずいと思いました。指されてしまったのはしょうがないですが、致命的な見落としでしたね。そこからはちょっと厳しい戦いになり、一応頑張って指してはいたのですが、ちょっとずつ足りなかったようです。

──屋敷九段にとって将棋電王戦はどんな経験でしたか。

大将としての責任が果たせなかったのは申し訳なかったですが、私個人としては出場して非常によかったと思っています。将棋ソフトは、全般的に強くなっていると感じました。終盤が強いのはもともと分かっていましたが、序盤の作りや中盤のゴチャゴチャした局面での指し手の選択など、どこを取っても隙がなく、勉強になることだらけでした。

──自分の弱点や課題みたいなものが見えたりしましたか。

やっぱり終盤力を鍛えなくてはいけないですね。終盤の競り合いでやられたので。

──やはり人間は疲れてきますので、いわゆるヒューマンエラーを減らすのはかなり大変なのでしょうか。

毎日同じような環境で練習していれば克服できるかもしれませんが、体力的になかなか難しいところもあります。でも、技術の練習はできるはずなので、それを地道にやっていくしかないです。大差で負けたわけではないので、中終盤を何とかすれば、人間もまだまだいけると思います。

コンピュータは信頼しています

──電王戦の経験を生かし、屋敷九段はこれからプロ棋士として息長く戦い続けるためにコンピュータを活用していくことになります。いまは普段、どんな風にガレリア電王戦を使っていますか。

ソフトと実戦を指したりとかはあまりないんですけど、自分が課題にしている局面を入れて、どういう評価をするのかを見ることが多いです。コンピュータの読み筋がいろいろ表示されるので、それを参考にして自分の考えている読みと照らし合わせていくという感じです。

──自分の読みと比べて大きな違いはありますか。

全く違うことのほうが多いんですけどね。参考になる筋があれば、それが正しいのか正しくないのかを検証します。中にはいくらなんでもという手も当然あり、コンピュータがプラスの評価を出していても違和感があれば実戦で使えるかどうかを自分で考えて取捨選択するという感じです。

──コンピュータのアイデアを参考にした手を公式戦で試したりすることはよくあるんですか。

あります。特に序盤の組み方で参考にすることは結構多いです。結果ですか? まあまあそれなりにいい感じですよ(笑)。うまくバランスを取って組めれば、中盤以降は力が発揮しやすい形になります。

──サードウェーブデジノスの提供で、将棋会館にもガレリア電王戦が設置されて、誰でも研究に使える環境が揃ったわけですが、コンピュータを使った研究が将棋の進歩に有益だと思いますか。

もちろんです。終盤ははっきり答えが出ますので。自分も対局が終わったあと、ソフトに検討させてみたりしているんですけど、自分の読み筋とコンピュータの局面のとらえ方がどのくらい一緒だったか、評価値がどのくらいだったかを照らし合わせるようにしています。

──いままで取材した棋士は、コンピュータの手をそのまま鵜呑みにしないとおっしゃる方が多かったですが、屋敷九段はどうですか。

かなり鵜呑みにしていますよ(笑)。もちろん自分でも考えますけど、全く信用できないからやらないとか、そういうことはないですね。例えば序盤の全くなじみがない形でも、だいたいの方向性としていけそうならその形に組んで、そのあとは自分なりに考えていくというんですかね。そんなに間違いはないだろうなあというところはありますので。結構信用しています。

──ガレリア電王戦は、一般に市販もされています。パソコンを使って将棋が強くなりたいと思っている読者に、アドバイスをお願いします。

検討モードがお勧めですね。居飛車党なら居飛車、振り飛車党なら振り飛車で、ある程度の指定局面を入れて、そこから実戦をやったり検討させたりするのがお勧めです。プロのタイトル戦を観るときにも検討モードを活用すると、より楽しく観戦できます。特に終盤あたりはかなり信用度が高いです。実戦はコンピュータが強すぎるので、負けてばかりだと大変なのでソフトの棋力を弱くするモードがあればいいですね。自分の好きな戦法や指し方があると思いますので、そういったのを入れてみて、ソフトがどう指すのか、いろんな傾向を見るのがいちばんいい使い方だと思います。

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本稿は、日本将棋連盟発行の『将棋世界』2015年2月号の記事の転載です。

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