政府の経済政策・アベノミクスにより消費者物価指数が上昇し、また消費税増税前の駆け込み需要も生じたことで、さらなる発展に向けて追い風が吹きつつあるクレジット業界。決済手段が多様化するなか、業界はどのような道を選び、どのように社会に貢献していくことが求められているのでしょうか。日本クレジット協会の副会長でもある、株式会社ジャックスの杉本直栄相談役にお話を伺いました。
クレジット業界を取り巻く状況。アベノミクスの影響と消費増税以降の展望とは?
野口香織氏(以下、野口氏):本日インタビュアーを務めさせていただきます、野口香織と申します。よろしくお願いいたします。アベノミクスによる景気回復の兆し、4月からの消費増税などを含め、クレジット業界を取り巻く環境は刻一刻と変化していると思います。杉本相談役はクレジット業界の現状について、どのようにお考えでしょうか。
杉本直栄氏(以下、杉本氏):日本経済全体についてお話ししますと、デフレの脱却、財政健全化、構造改革を中心としたアベノミクスの影響が大きく、よい方向に動いていると考えています。デフレ脱却につきましては、消費者物価指数がプラスに転じるなど、すでに一定の成果が出ていると言えるでしょう。また、4月の消費増税で、財政健全化の一歩が踏み出されたと考えています。一方で、社会保障の分野においてはまだ踏み込みが足りず、これからが勝負という印象です。構造改革においてはTPPの交渉が正念場を迎えており、また規制緩和をどう大胆に進めていくか、というところも注視すべきポイントです。
野口氏:クレジット業界の数値的な変化についてはいかがでしょうか?
杉本氏:昨年度の個別クレジットとクレジットカードにつきましては、個別クレジットが一昨年の1.5%から昨年度には2.8%増に、クレジットカードが7.4%から9.5%増に、と高い伸び率を示しています。これは株高、いわゆる「資産効果」の影響もありますが、高額商品が動きはじめたことや輸入車を中心として自動車が順調に売れていることが大きな要因と考えています。さらに今年に入り、消費増税前の駆け込み需要が顕著に表れていますね。
野口氏:やはり、消費増税の影響は大きいようですね。
杉本氏:なかでも際立っているのは、家電関係の伸びです。特にエアコンや冷蔵庫、洗濯機などの高級機種を中心に、売り上げが好調のようです。これが4月以降、どうなっていくと思いますか。気になりますよね。
野口氏:とても気になります。
杉本氏:私は、一時的にしろ反動減があると考えています。それを最小限に抑えるのが我々の頑張りどころです。たとえば小売店は各種クーポンを発行し、自動車の販売店は新しい販促策を立てられるなど、いろいろな対策を講じておられますが、同じくクレジット業界でも各種キャンペーンを開催したり、ポイントをより沢山つけて差し上げたりと、下げ幅を最小限に抑えられるよう努めてまいります。 一方で、各産業の大手各社が基本給のベースアップを検討、あるいは実施されているという状況もあり、7月以降は所得が増えて好循環が出るのではないかと期待もしております。決して悲観的な状況ではない、と考えています。
野口氏:早めの対策をなさっているとともに、ベースアップによる消費の増加にも期待するということですね。
決済手段の多様化。転換期のクレジット業界。利用方法の変化への対応は?
野口氏:次にクレジット業界の今後についてお伺いしてまいります。信販会社にとって伝統的な強みを持つ「個別クレジット」については、今後どのように進展していくとお考えでしょうか?
杉本氏:これまでの歴史からお話しさせていただきます。個別クレジットは、1950年代後半の日本の高度成長時代に「三種の神器」――つまり、白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫の購入に際して使われはじめました。映画『ALWAYS三丁目の夕日』などでも描かれていますが、テレビは高価で、一括の支払いではなかなか購入することができないものでした。それでも大きな魅力を備えた商品ですから、割賦を組んで無理なく購入していただく、ということに、クレジット業界は大きな役割を果たしていたのです。
野口氏:なるほど。「三種の神器」が一般に普及した背景には、クレジットの力があったわけですね。
杉本氏:これが1960年代に入ると、今度は新しい「三種の神器」として、カラーテレビ、クーラー、自動車が普及しはじめました。現在では一般的な自動車のローンについても、我々が開拓していち早くサービスをスタートさせたのです。日本のモータリゼーションにも大きく貢献したのではないかと考えています。 このように大きな役割を果たしてきた個別クレジットですが、徐々に飽和状況になってまいりまして、ここ十数年は対前年の信用供与額が減少していく状況にあります。たとえば、2005年に7兆円程度があったものが、2012年には5兆円程度に減ってしまいました。反対に、クレジットカードのショッピングは増加しており、2012年では34兆円規模になっています。
日本クレジット協会も、あと3年で前身の日本クレジット産業協会設立から50周年を迎えますが、そのなかで、協会の会員構成も個別クレジットからカード=包括クレジットが主流へと変化しています。しかしながら、個別クレジットがその役割を終えたということではなく、自動車の購入や住宅のリフォームなど、高額商品に対してはまだまだ需要があり、今後も一定の役割を果たしていくものと考えております。ただ長い目で見ると、少子高齢化で生産年齢人口が減少していく日本では、利用が高額商品等に限定されるなど、役割が特化していくのだろうと思います。
反対に大きく広がる可能性があるのが、カードを利用した包括クレジットの分野です。日本はまだ「現金社会」であり、カードの信用供与額自体は増加していても、消費全体に占めるクレジットカード利用の割合は15%程度でしかありません。他国の例を挙げますと、アメリカでは約27%、韓国においては約39%という高い数字です。そのことを考えても、日本のクレジット市場にはまだまだ伸びしろがあり、さらにサービスを向上させることで大きく発展する可能性があるのです。