――実際に映画についての実感がわいたのはいつ頃ですか?
朴「台本をいただくよりも前に、まずCMの収録があったんですよ。そのとき、『あ、そうだ、映画をやるんだ』みたいなおぼろげな感じで現場に行ったら、村田監督も来てくださっていて、作品についていろいろと説明してくださったんですよ。それで、本当にやるんだなっていう気持ちにはなったのですが、それでもまだおぼろげな感じで……。やはり、ちゃんと実感できたのは台本をもらってからですね」
釘宮「私も、往生際が悪いと言いますか、確かにCMの収録があって、監督から作品についての説明も受けたのですが、それでもまだ本編の収録までは時間があったので、まだまだ悪あがきをしている自分がいるんですよ。ちょっと横に置いてしまっている自分が(笑)。それが実際に正面から向き合うようになったのは、やはり台本が家に届いてからですね」
――例のぶ厚い台本ですね
釘宮「本当にぶ厚くて、真っ赤な台本が、本当にやるんだぞっていう存在感を発揮しまくるんですよ、家のどこに置いても(笑)。台本があるだけで、心に重いプレッシャーがのしかかってくるんですけど、そのプレッシャーのおかげで、あらためて『鋼の錬金術師』への意識が高まっていきました」
――舞台挨拶で朴さんは『鋼の錬金術師』について「重い作品」とおっしゃっていましたが
朴「『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』の場合、最終回の前の週が本当の最終回みたいな感じで、実際の最終回はエピローグ的なお話だったんですよ。なので、その前の週でやりきったという気持ちがあって、最後の収録はすんなりと終われると思っていたのですが、収録後にお花をいただいて、一言って求められたときに、自分でもビックリしたんですけど、涙があふれてきちゃって……。ただそれは感動の涙ではなく、この一年ちょっとの間、知らず知らずのうちに『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』という作品を背負ってしまっていて、そこから解放された"スッキリ感"の涙だったんですよ。収録が終わって悲しいというのではなく、『やったー! 終わったー!』みたいな(笑)。収録の後の飲み会では、普段はあまりお酒を飲まないんですけど、しこたまお酒を飲んでしまって、まれに見るくらいの大はしゃぎをしてしまったので、次の日は絶対に使い物にならないぐらいの二日酔いになるだろうなって思っていたら、全然二日酔いにもならず(笑)」
――本当にスッキリしたんですね
朴「すっごいスッキリしました。あんな飲み方は初めてでしたね。もうそれぐらいスッキリ終わったんですよ(笑)」
――それぐらい重かった作品が今度は映画でということになったわけですが、TVシリーズのときとは重さに違いはありましたか?
朴「今思うと同じですね。一年以上かけて分散してきた重みと、映画という瞬間にかけなければいけない重みというところが若干違うかもしれませんが、重さのテイストはまったく一緒です。やっぱり、『この感覚、鋼だ』みたいな感じでした(笑)」
――そのあたりの感覚は釘宮さんも同じですか?
釘宮「まったく同じですね。収録が終わったときは、生きている間にこんなにスッキリした気持ちを味わえるんだっていうぐらい、何か翼がはえたような、肩に背負っていた鉄を下ろしたような……」
――まさに鎧を脱いだような?
釘宮「そうなんですよ(笑)。本当にスッキリして、もう天にも昇るような気持ちでした」
朴「ひどいよね、私たち(笑)」
釘宮「(笑)。でもそれぐらい、内容的にも重かったんですよ。今思うとですが、知らず知らずのうちに自分自身がかなり入り込んでいたんだと思います」