「どんだけ気持ちいいのか?」も聞く

――これまで放送してきて、特に印象に残っている回はなんですか?

やっぱり元薬物中毒の方の回ですね。1回出てもらって、その後も「定期検診」ということで何回かスタジオに来てもらってるんですが、根が深いなって思います。ダルクという施設に入って大丈夫だとなって出ても、ちょっとしたことで思い出したりするそうで。そうやって薬物中毒者を定点観測する番組って、なかなかないと思うんですけど、呼ぶたびに何か起こってるんですよ。シングルマザーで小学生の子がいるけど、新しい恋人ができて一緒に住むか住まないかみたいな話とか、年末の警察24時モノを見るとザワザワするとか。

――普通の報道番組でも、そこまで追わないですよね。

ディレクターには「本能で取材してきて」と言ってるんです。薬物中毒者を普通に報道番組が取り上げると、やるきっかけとか、こんなにつらいんだっていうのを伝えても、「こんなに気持ちいいんだ」っていうことは言わないじゃないですか。でも僕らは「どんだけ気持ちいいのか?」も聞くんです。「セックスの時も超気持ちいいって本当?」とかも。そんなことを伝えて手を染める人が増えたらどうするんだと苦情も来るかもしれないですけど、そこを伝えないとやめられないアリ地獄のような苦しさは描けないと思うんですよね。人間っていろいろあって面白いなというのは、この回からあらためて感じました。

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  • 「元薬物中毒者」の放送より

匿名相手だけに取材は慎重

――この番組は出てくるゲストが匿名なので、裏付けがすごく大事な部分だと思うのですが、そこはどう担保されているんですか?

そこが一番大変なところで、やっぱり証拠となるものはとにかく全部見せてもらうようにしています。メールのやり取りだったり、宝くじの1億円当選者だったらもちろん通帳を見せてもらいますし、会社の話だったら社員証を見せてもらいます。ただ、だんだん取材を進めていくと、担当ディレクターの思い込みや思い入れが強くなってきて、客観的にその人が見れなくなって「この人、話を盛ってるんじゃないか」ということに気づきにくくなる可能性があります。だから、どこかの時点で複眼取材ということで、もう1人ディレクターをつけます。それと、一番重要なのは、長く話を聞くことですね。だいたい15時間以上は話を聞くんですけど、そうするとウソを言ってる人は、前にこんなこと言ってたのに何か違うぞ?みたいなわずかな齟齬(そご)が出てきたリするんですよ。

――ボロが出てくるんですね。

だから、取材を進めたけど、途中で取りやめたということもあるんです。あるレンタルサービスをやってる人と、それを利用してる人を取材してたら、サービス側と利用してる側が同席じゃないと嫌だと言うんです。それまでに、話を聞くたび、前こんなこと言ってたのに違うなぁということがあったので、それをはっきりさせたくて個別に聞きたいと言ったら拒否されたんですよ。それでいろいろ調べていったら、利用してる側の人が、サービス側の会社の人だったんです。

――わー、サクラですね!

あれは危なかったですね。その業界で「何でも協力しますよ」って言ってきたのはその会社だけだったんです。そういうのは疑ってかからなきゃいけないんですよね。

――番組がシリーズ化されて知名度も上がってきたと思うのですが、取材は受けてくれやすくなってきたんですか?

実は、最初に当たる時は番組名を言わないんです。「NHKの番組なんですが…」って。それで取材を進めて、この人に出てもらいたいなというタイミングで、「実は『ねほりんぱほりん』なんです」と伝えます。そういう風にしないと、ちょっとアプローチした段階で『ねほりんぱほりん』が来たぞって、ネットで広がっちゃう時代なので、その辺は気をつけてやってますね。

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“地続き感”と“脳天まで響かせる”を意識

――それくらい慎重に取材してるんですね。他に苦労されている点はありますか?

内容面なんですけど、「“地続き感”をどう出していくか」というのをいつも考えています。この番組は異次元の人ばかり出てくるので、視聴者に「この人は自分と関係ないわ」って思われたら見てもらえません。だから、最初の5分をどういう入り口にするかというのを、すごく考えます。例えば「整形する女」っていう回だったら「整形に興味ありますか?」って言うと、半分以上はないと思うんです。でも、「あなたは自分の顔が好きですか?」って聞くと、たぶん半分以上はどこかしら嫌なところ持ってると思うんですね。さらに、そこから入るにしても、街頭インタビューやアンケート結果から入ると普通の情報番組になってしまうので、人形劇らしく「鏡よ鏡よ鏡さん」とやってから街頭インタビューにいくというようなことをやってます。

――下手したら歴史上の人物より距離が離れてそうな人もいますもんね。

最初に赴任した広島放送局での経験が役立ってるんですが、当時、1年目2年目のディレクターは「被曝証言ビデオ」というのを撮って、それを広島市に収めてたんですけど、その証言は8月6日の朝のことから聞くんです。その時、先輩に言われたのは「原爆が落ちた瞬間から聞くと、それは自分とは遠い歴史上の出来事として受け止められてしまう。でも朝のことから聞くと、朝というのは誰にでもめぐってくることだから、身近なこととして入れる」と。それがすごく心に残っていて、何をやるにも“地続き感”はずっと意識してきました。

――他にも、演出面で意識されていることはありますか?

とにかく言葉をどうやったら「脳天」まで響かせることができるか、ということを考えています。例えば、芸能スクープのカメラマンが、「車内で10時間以上の張り込みをする」と言ったんですが、それってすごいことだけど、その一言だけではすごさが脳天には響かないので、そこから「10時間」を感じさせる取材が大事になるんです。例えば、張り込みでは一瞬たりとも目が離せないから食事は簡単に手でつまめるもの、汁物はこぼれるからNG、おしっこはコーヒーのボトル缶にする、ペットボトルは口が小さいのでダメ、などなどがあって初めて「車内で10時間以上」という言葉がパワーワードとして響いてきます。ちなみに、コーヒーのボトル缶でおしっこしているイメージを「脳天」まで響かすために、わざわざテロップで「ペットボトルの直径2.8㎝、コーヒーのボトル缶の直径3.7㎝」と出したりしました。

この「脳天まで」を意識するようになったのは、ディレクター時代に質屋の見習い青年のドキュメンタリーを撮ったことがきっかけでした。その青年は修業を始めて2年くらいで物の値段がだいたい分かるようになったそうです。すごいと思ってプロデューサーに話したら、「すごいかもしれないけど、脳天まで響かないんだよ」って言われたので、いろいろ切り口を変えて質問をぶつけてみたところ、「女性を見る目も変わった?」と聞いたときに彼は「たとえば、電車で座ってる時に女性が前に立ったら、上から下までダ~~ッと見て、35,000円の女!って分かっちゃうんですよ」って言ったんです。これだー!と思って。これで「物の値段が分かる」という言葉が「脳天」まで響きますよね。だから『ねほりんぱほりん』でも、ディレクターたちはいろいろ質問の仕方を考えて、たとえば「2次元しか本気で愛せない女たち」では「2次元は3次元を生きるための給水所」というパワーワードが引き出せたりしてます。