「デジタルは目的ではなく、あくまで手段である」――早稲田大学大学院 経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏は、経営学者として毎日のように経営者やIT企業の関係者と議論するなかで、そう感じているという。
実際に、目的が明確でないままDXを推進しようとして失敗している企業は多くある。DXを成功させ、新たな価値を創造していくために日本企業が持つべき考え方とはどういったものなのか。5月27日に開催されたビジネスフォーラム事務局×TECH+フォーラム「DX Day 2021 May デジタルで経営を変革する」で入山氏が解説した。
今、日本企業に求められているのは「会社全体の変革」
入山氏は「CX(コーポレートトランスフォーメーション)ありきのDXでなければ、デジタルは機能しない」と、組織やカルチャーを変革していくことの重要性を訴える。日本ではDXという言葉だけが先行している状態で、DXという”魔法の杖”があるように勘違いしてしまっている企業も多い。しかしながら、入山氏が指摘するように、デジタルはあくまで手段にすぎない。これから何をしたいかという自社のビジョンが経営者や従業員の腹に落ちているかどうか、つまりCXの実現が先決なのである。
だが入山氏によると、「経路依存性」のために日本企業はそもそもCXが上手くできていないという。経路依存性とは、過去の経緯や歴史によって決められた仕組みや出来事などのさまざまな要素が絡み合い、一部だけを変えようとしても変えることができない現象を指す。入山氏は、ダイバーシティ経営を例に、次のように説明する。
「多様な人材を増やしたければ、まずは新卒一括採用や終身雇用、メンバーシップ型雇用といった雇用制度を見直さなければなりません。さらに、人材の評価制度や働き方の多様化も求められます。ダイバーシティだけ取り入れようとしても、さまざまな要素が複雑に絡み合っているため上手くいかないのです」(入山氏)
これは、DXについても同様だ。業務の一部をデジタル化すればすむ話ではなく、会社全体として考えていく必要がある。そして入山氏は、「コロナ禍でリモートワークの導入が余儀なくされ、結果として評価制度や雇用制度の見直しなど働き方改革が大きく進んだ今こそ、会社全体を変えられる最後のチャンスである」と忠告する。
デジタルでイノベーションを起こすための「2つの方向性」
入山氏によると、DXの方向性には大きく分けて2つあるという。1つ目は、「デジタルで新しいものを生み出す=直接的にイノベーションを創出するためのDX」、2つ目は、「デジタルをインフラにする=イノベーションを起こすための土台としてデジタルを活用するDX」だ。
デジタルで新しいものを生み出すには、既存リソースをデジタルと組み合わせる方法と、既存顧客に対してデジタルで新しい価値を提供する方法がある。入山氏は、前者の例として、東芝テックが開発するPOSレジのデータを活用した電子レシートのアプリ「スマートレシート」、後者の例として、コマツのICTを活用した施工ソリューション「スマートコンストラクション」などを挙げる。
一方で、デジタルをインフラにするという考え方のベースには、「知の探索/知の深化の理論」があるという。同理論は、イノベーション創出に関する経営理論で、遠くを見てビジネスの種を探す「知の探索」と、ビジネスの種が見つかったらそれを深堀りして磨き上げる「知の深化」のバランスの重要性を表したものだ。
ただ実際には、「知の探索」は失敗することが多くコストも掛かるため、企業はどうしても「知の深化」に対する活動に偏ってしまう傾向にある。そこで、入山氏は「知の深化」に対してAIやRPAなどのテクノロジーを用い、人が「知の探索」に注力できるようにすることで、「知の探索/知の深化」のバランスを取っていくことを推奨する。
「『知の探索』は人でなければできないこと。『知の深化』をテクノロジーに代替させ、従来そこに関わっていた人材を『知の探索』に割り当てることが、DXの重要な意味となります」(入山氏)