今、野球が大きな変革期を迎えている。米国メジャーリーグの各球団が導入するデータ分析手法「セイバーメトリクス」が、これまでの野球界の”常識”をどんどん覆しているのだ。その影響は試合の結果のみならず、チームの方針や選手の起用などにも及んでおり、野球というスポーツを根本的に変えてしまう可能性すら秘めているという。
6月21日に開催された第119回IT Search+スペシャルセミナーでは、プロ野球界をデータ面からサポートするDELTAの代表取締役 岡田友輔氏が登壇。「スポーツにおけるデータマネジメント野球界のデータ活用とKPI設定の変化」と題し、野球界のデータ活用の現状について具体例を交えながら解説を行った。
データ分析で明らかになった「勝利の要因」
岡田氏は2006年、スポーツのデータ解析/配信を行うデータスタジアムに入社。統計的な見地から野球の構造/戦略を探求する「セイバーメトリクス」を専門に分析活動を行い、2011年に合同会社DELTAを設立するに至った。現在はデータ面からのサポートを中心に、多くの球団とビジネスを行っている。
「データ面からのサポート」と言ってもぴんと来ない方もいるかもしれない。昨今、スポーツにおけるデータ分析は非常に高度化しており、特に米国メジャーリーグはデータによる意思決定が最も盛んな業界の1つとなっている。岡田氏はメジャーリーグの野球分析手法を日本の球界に広め、分析レベルを向上する土台作りにも取り組んでいる。
岡田氏によると、メジャーリーグの2018年における売上は約103億ドルと非常に好調だという。その理由は、各球団が資産価値を伸ばし続けており、メジャーリーグ全体の経営状況が改善されているからだ。特に大きな成長要因として挙げられるのは、放映権の高騰である。
「高額で売られた放映権料は下位球団を含む各球団に分配される仕組みになっています。これがメジャーリーグ全体の収入を飛躍的に増加させている理由です」(岡田氏)
ところが、ここで奇妙な点に気付かされる。リーグ全体の売上が16年連続で増加しているにも関わらず、球団が選手に支払う金額は昨年、減少に転じたのである。
選手に投資できる余裕が十分あるはずなのに、なぜそんなことが起きるのか。
実はその背景にこそ「データ分析の影響がある」(岡田氏)のだ。
野球におけるデータ分析の歴史は意外にもかなり古く、1970年代には米国で体系化が進められていた。野球統計分析の専門家であるビル・ジェイムズ氏が提唱したセイバーメトリクスは、統計的な手法でアプローチすることで勝利の条件を解き明かしていこうとする試みである。
その結果、野球というゲームは「得点と失点が勝率と強い相関を持つ」ことが明らかになった。つまり、過去の得点/失点からチームの勝率がほぼ予測できるのである。
「勝利を積み上げるには得点を増やすか失点を減らすしかありません。では得点を増やすにはどうすればいいのか。データ分析によれば、得点するための有効な手段は”出塁”と”長打”です。これまでは打率が重視されていましたが、実は出塁率をKPIとして設定したほうが勝利への貢献度がわかるのです」(岡田氏)
一方、失点を減らすことについては、もう少し事情が複雑だ。
「投手と守備は、分けて考えなければいけません。これまで投手については防御率がKPIでしたが、実際には投手がコントロールできるのは三振を取るか、ゴロを打たせるかくらいまで。打たれた後、それがヒットになるかどうかは投手以外の影響のほうが大きいことがわかっています。さらに守備についても、失策ではなく守備範囲の広さなどほかの要素のほうが失点を減らすことにつながることがわかってきています。守備に関しては身体能力の影響が大きいため、”若い選手のほうが守備の質が高い”時期と理解されてきています」(岡田氏)
身もふたもない話のようではあるが、これがデータから導き出された真実である。
セイバーメトリクスは、これまで人が肌感覚で持っていた”定説”についても容赦なく切り込んでいく。
例えば、「ゴロとフライはどちらが得点に結び付くのか」ということだ。
従来はゴロのほうが有利だと考えられており、フライを上げることを嫌う傾向が強かった。しかし、実際は違ったのである。