「AI(人工知能)」という言葉がそこかしこで聞かれるようになったが、この世界にはずっと以前からもう1つの「知能」が存在している。我々、人間の「脳」である。実はAIと脳科学は切っても切れない間柄にあり、AIが台頭してきた今、その関係性はお互いの進化を促進するかたちに発展しつつある。
では今後、AIと脳科学はどのように融合し、世界に新たなイノベーションをもたらしていくのだろうか。
ここでは、1月27日に開催された「NTT DATA Innovation Conference 2017」内のセッション「脳科学と人工知能の融合、デジタルコグニティブサイエンス時代の幕開け」にて語られた、AIと脳科学が融合する未来についてレポートする。
人はどのように意思決定するのか?
登壇したNTTデータ経営研究所 研究理事 情報未来研究センター長 萩原一平氏は、まず「脳科学の豆知識」から切り出した。
それによれば、人間の脳の消費エネルギーはアイドリング状態で約20W、思考時にはわずか1Wとのことで、コンピュータに例えるなら非常に低消費エネルギー型なのだという。ちなみに先日、プロ棋士を破って話題になったアルファGOの消費エネルギーは250,000Wだ。
NTTデータ経営研究所 研究理事 情報未来研究センター長 萩原一平氏 |
低消費エネルギー型であるからこそ、人間の脳の活動ではエネルギー配分が重要になる。そのため、目の前の状況に対して、脳のどの部分を使うのかを常に考えているのだという。
それが端的にわかる面白い実験がある。
「サッカーのネイマール選手と、一般のプロ選手と、一般の人の脳をそれぞれ調べた実験があります。足を動かしたときの脳のエネルギーを調べたところ、一般のプロ選手と一般人に比べてネイマール選手の脳はほとんど運動野が反応しなかったのです。今度は『相手をフェイントで抜く場面を意識してください』と言うと、ネイマール選手だけが脳のあちこちに反応が出ました。つまり、ネイマール選手だけ脳の使い方が違っていたのです」(萩原氏)
萩原氏によると、人は訓練することで脳のエネルギー消費を抑えることができるのだという。それが、すなわち「慣れ」である。一流のサッカー選手が足を動かすのにほとんどエネルギーを消費しないのはこれが理由だ。
このほかにも、脳にはいくつも興味深い特性がある。例えば、「早い経路」と「遅い経路」の違いだ。
痛みを感じたとき、最初に「痛い」と感じる感覚(ファーストペイン)は、伝導速度が約10~20m/secと非常に早い。これは、痛みをできるだけすばやく感じることで危険を避けようとするからだ。
対して、ケガをした後からじわじわと伝わってくるセカンドペインは、伝導速度が約0.5~2.0m/sec。これには、患部を守るために痛みを意識させる目的があるという。
2種類あるのは痛覚だけではない。視覚においても、「とっさに避ける」や「プロ野球選手がボールを打つ」といった動作は約0.1秒以下で伝導するが、色や形、空間や動きを認識する経路は伝導速度が約0.5秒と遅い。
これらが示しているのは、「人間はいろいろなかたちで外から入ってくる情報を認識し、自分を変化させていく」ということである。
さらに萩原氏は、「意思決定にも2つの経路がある」と説明する。1つは「無意識的、直感的」な意思決定。例えば、「迫ってきた車をとっさに避ける」といった意思決定がこれにあたる。もう1つは「意識的、理性的」な意思決定。しっかりと考えて決断する意思決定はこの回路を使っている。
萩原氏は「特に経営者は、人間がこの2つの意思決定の回路を持っていることを理解していないといけません。この2つの違いはとても重要なのです」と説き、意思決定のメカニズムについてさらに掘り下げていく。
「ほとんどの意思決定には情動が絡んでいます。注意すべきは、情動と感情は違うということです」(萩原氏)
「情動」とは外からの環境変化に対して脳が意思決定するときに発生する身体的変化であり、「快感」や「悲しみ」「自尊心」「悲しみ」といったものがある。この情動の結果、人は「快情動行動(近づき受け入れようとする)」や、「不快情動行動(逃避・攻撃)」などを行い、その結果として発生するものが「感情」だという。すなわち、感情とは「情動による身体変化を感じた状態」のことなのだ。
ちなみに萩原氏によると、AIには情動を理解して人間と同じような行動をとることはまだできないという。
ここまでの話から学ぶべき重要なポイントは、脳は一人一人異なっているものだということ。萩原氏は「マーケティングや人材育成においても脳の違いは重要です。脳が異なるのだから、一律に同じ教育をすればよいわけではないのです」と強調した。