タブレット端末を活用した教育は、もはや珍しくなくなった。とは言え、私立校や塾・通信教育、子供や親が自習自学のために入れるアプリなどが先行しがちなイメージで、公立校の採用例はあまり想起できない。

ただもちろん、2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会などで議論がなされたように、アクティブ・ラーニングへの対応やWi-Fi環境整備といった取り組みは国の後押しによって進み始めている。そして渋谷区の代々木山谷小学校では、Wi-Fi環境いらずでどこでも友達と学習できるように、LTEタブレットを活用した「新たな学び」の共同実証を、NTTドコモと取り組んでいる。同校 校長の執行純子氏と教諭 細川卓郎氏に、実証途中の感触を聞いた。

渋谷区立 代々木山谷小学校 校長 執行純子氏(右)、教諭 細川 卓郎氏(左)

なぜLTEタブレットか?

校長の執行氏は、昨年度まで行政側にいた人物で、他の区におけるタブレット端末の導入先行例を見てきたそうだ。

「代々木山谷小学校は、渋谷区内の小中学校のモデル校で、2015年4月に開校しました。学校施設も真新しいもので、プロジェクターやICT環境も整備されています。渋谷区は他区と異なり、タブレット端末が導入されていないこともあり、共同実証をここで行うことになりました」(執行氏)

ただ、タブレット端末を導入したところで、それはもはや新しい教育とは言えない。そこで利用したのが、Wi-Fi環境がないところでも利用できる「LTEタブレット」だった。「ほかの地区ではWi-Fi前提のタブレット端末でしたが、Wi-Fiが整備されているPC室でしか利用できない、屋外で利用できないといった環境面で制限があり、そこから『LTEタブレット』という選択肢が出てきました」(執行氏)。

文部科学省調査によれば、小中高校における普通教室の無線LAN整備率は2016年3月時点で25.9%であり、2013年に策定された第2期教育振興基本計画の目標値である100%には程遠い状況だ。もちろん、整備するに越したことはない上、災害時に公立学校は避難所に指定されていることから、災害対策予算でのWi-Fi整備が行われるという話もある。

しかし実務ベースで言えば、むしろ学校の行き帰りや屋外教育においての学習時、または自宅にWi-Fi環境のない生徒に対しても「ICT教育環境を整備する」という目的を達成するためには、むしろLTEタブレットのような存在も必要だろう。なお、回線契約については一般的な7GBの通信容量制限がかかっており、フィルタリングソフトを導入しているほか、校内におけるWi-Fi接続制限も行っているという。YouTubeについてはフィルタリング制限の対象から外しているため、中には7GBの上限に達する生徒もいるそうだが、「ならすとそれほどの通信量にはならない」(NTTドコモ担当者)としていた。

学習アプリで学習意欲が向上

実証に利用されているタブレットは、普及しているiPadではなく、富士通の文教向けWindowsタブレット「ARROWS Tab」だった。教師と生徒が同一のタブレットを利用しており、オフィスソフト利用なども検討した結果としてWindowsの採用になったようだ。また、防水防塵機能があることも一つの理由だったようで、大人に比べるとやや粗暴に扱う子供でも安心して使えるメリットがある。

実際に利用しているARROWS Tab。ペンタブレットとしても利用できる

もちろん、肝心なところは「タブレットを導入した」ではなく、「タブレットで何が出来るか」だ。実証の利用ツールとしては、生徒一人ひとりのノートを共有できる協同学習ツール「コラボノート」と学習アプリの「スタディサプリ」を検証に利用しているが、それ以外にもタブレットの利用機会が生まれていると細川氏は語る。

「プロジェクターと組み合わせ、その場で検索した動画やGoogleマップを映し出したりしています。カメラも付いていますからその場の記録としても有効ですね」(細川氏)

リクルートマーケティングパートナーズが提供するスタディサプリは、2015年度時点で25万人が有料会員として利用する学習ドリルで、700校の高校、20自治体、50の小中学校が学校教育のサポートツールとして利用している。

「スタディサプリのメリットは、学校でカバーできない個別学習を、紙のドリルと違っていつでもどこでもやり込めるところだと思います。学力調査だったり、定期テスト前の補充テストだったり、できなかったところの振り返りが出来るのは良いポイントですね。子どもたちも実感として、『(テストで)似た問題が出た』ということを話していますし、今までであれば先生が個別に声をかけてやらせていた学習を、タブレット一つで簡単に学習できるというしきいの低さから、学習意欲・定着という流れに繋がっているのはいい傾向だと感じています」(執行氏)

「スタディサプリは子供たちが前向きに勉強できるようにキャラクター育成に機能があるんですが、実証開始当初はそこに面白がって取り組んでいる様子でした。ただ時が経つにつれ、学力向上が自分でも認識できるようになったためか、『予習・復習したい』という本質に移り変わっていった印象を受けます」(細川氏)

コラボノートの自由度が生み出した「協同学習」

ここまでは割とよく聞く話、と言っては失礼だが、デジタルネイティブ世代の増加とともに、スマートフォンやタブレットに親しみを持つことは当たり前であり、紙や鉛筆を使うよりも効率化できる部分は合理的に、アプリで反復学習を行うというのは十二分に検証が進んでいる話でもある。

この取材で一番気になっていたポイントは、コラボノートであり、「協同学習」だった。筆者は20代後半だが、小学校~高校にかけてのPCを利用した授業で、グループワークを行ってた時の記憶では、せいぜい作成したファイルをファイルサーバーに保存して、ほかの人がそのファイルを再編集するといったものだった。コラボノートはクラウドサービスとして共通のノートが同期されるため、付箋やペン入力によるお絵かき、写真の貼り付け、リンク貼り付けなど、その自由さが最大の特徴だ。この自由さが、従来のグループワークの「アナログからデジタルへ」の試金石になるかどうかを、筆者としては取材で聞きたかったのだ。

活用例。教科書では土に川を再現し、流れる水の働きを考えようという単元だが、子どもたちにグループごとにコラボノート上でどう再現すべきか提示したところ、さまざまな意見が例示された

「コラボノートでは、学校から帰って友達同士が離れてしまっても、勉強をベースに子供同士がやり取りできますし、先生も生徒の勉強の進捗状況を確認できる。常に見られるので、お互い配慮は必要だと思いますが、アンケートでも前向きな声が見えていることから、効果は出ていると思っています」(執行氏)

「校長も話したように、どのようにマナーを守って人とコミュニケーションを取るかは教師としてしっかり教える必要があると思います。ただ、授業においても、授業以外でも幅広い活用シーンがあります。例えば相性が良いのは理科で、天気の単元があるんですが、天気予想と天気図まとめ、台風進路予測などをタブレットのペンも活用してやってもらいました。

今までであれば写真を撮影して現像し、紙に貼り付けて、とかなりの労力を必要としていましたが、タブレットであれば撮影してデータを貼り付け、コメントするだけでいい。出来たものは見栄えがいいので、最終的にそれ全体を印刷してノートに貼るだけで、余計な行動を取る必要がなくなったことも大きいと思っています」(細川氏)