初戦であるラウンド・オブ14での敗退という最悪の展開を辛くも脱した室屋選手。逆に、マルティン・ソンカ選手(チェコ)のまさかの敗退で、ほとんど「理論上の可能性」に過ぎなかった年間チャンピオンの可能性がぐっと現実味を帯びてきた。この時点での状況を整理してみよう。室屋選手の点数は55点で3位だ。
これまでの首位だったソンカ選手は、予選終了時点で67点。しかしラウンド・オブ14で敗退、タイムも低く13位にとどまったため、本戦での獲得ポイントはわずか1点で68点になった。室屋選手が6位になれば13点を獲得して合計68点になり、ソンカ選手と同点。この場合は優勝回数で比較するので、2回優勝の室屋選手がソンカ選手より上の順位になる。つまり、6位以上がソンカ選手を上回る条件だ。
一方、年間ポイント2位のマット・ホール選手も、ラウンド・オブ8に進出している。ホール選手のポイントは61点で、室屋選手の点差は6点だ。室屋選手が優勝した場合の獲得点数は25点で合計80点。ホール選手が4位なら18点獲得で合計79点なので、1点差で室屋選手がチャンピオンになる。しかしホール選手が3位なら20点獲得して合計81点で、ホール選手がチャンピオンになる。
いずれにせよラウンド・オブ8を勝ち抜けば、室屋選手とホール選手のどちらもチャンピオンの可能性がある。ラウンド・オブ14のあとの1時間の休憩時間、観客は千葉市消防局や海上自衛隊のパフォーマンスを楽しみながら、最後の戦いへと興奮を高めていった。
制限速度まで0.3ノット、渾身ダッシュで2回戦突破
後に千葉県に大きな被害をもたらすこととなった台風15号が接近してはいるが、この時点で強風はない。ラウンド・オブ8の前にスコールのような強い通り雨が降り、少しだけ会場を冷やしたがすぐに夏の強い日差しが戻った。
ラウンド・オブ8の1組目、先攻はベン・マーフィー選手(イギリス)。ラウンド・オブ14でも最初にフライトしたマーフィー選手だったが、今度はゲート3でパイロンヒット、ゲート9でインコレクト・レベル(ゲートを斜めに通過)と5秒のペナルティを加算されて、1分4.248秒になってしまった。後攻のピート・マクロード選手(カナダ)はペナルティを取られなければよいから、58.369秒とやや遅めのタイムながらノーペナルティで勝ち進んだ。
2組目の先攻、室屋選手は190.7ノットの高速でスタートを切った。191ノット以上で失格なので、ギリギリの速度だ。ノーペナルティでマクロード選手より0.5秒速い57.895秒を記録し、対戦相手のフランソワ・ルボット選手(フランス)にプレッシャーをかける。
ルボット選手は室屋選手と互角のタイムで飛行したが、ゲート8を通過する際に機体を左右にばたつかせ、インコレクト・レベルのペナルティ。さらにゲート10でパイロンヒットしてしまい、5秒のペナルティで室屋選手に敗退した。
会場の熱気と台風、勝負を分けたゲート2の戦い
ルボット選手が2つのペナルティを取られたゲート8とゲート10は、実はスタート直後に通過するゲート2と同じ場所だ。千葉大会のコースは同じコースを1往復半するため、ゲート2を2回目に通過するときゲート8、3回目はゲート10と呼ぶ。
台風のため南風が入るレーストラックで、このゲート2の風下は幕張海浜公園のほぼ中央だ。また最初のマーフィー選手はゲート2の次のゲート3と、ゲート8の次のゲート9でペナルティを冒している。ゲート2(8)を通過するときにコースが乱れれば、次のゲート通過に影響するだろう。
ラウンド・オブ8の最中、幕張海浜公園の上空には大きな積雲が現れては消えていた。雨で気温が下がったあと、広い公園に強い日差しが入れば、そこに上昇気流が起き風が変化する。台風の風と強い日差し、もしかしたら6万人の観客が生み出す熱が、ゲート2の周囲の風を変化させていたのかもしれない。
続く3組目以降は、59秒前後の遅めのタイムが続いた。3組目はニコラス・イワノフ選手(フランス)にカービー・チャンブリス選手(アメリカ)が勝利。4組目は先に飛んだミカ・ブラジョー選手(フランス)がまたしてもゲート9でオーバーGのペナルティ。後攻のホール選手は難なくノーペナルティで飛び切って勝ち抜けた。
風の変化への対応が勝負を分けるレッドブル・エアレース。室屋選手とホール選手は悪魔の手を逃れ、歴史に残る最終決戦へと歩を進めた。